オフィス岸井は、

    臨床心理士による信頼できる

  カウンセリング・ルーム として 

 神戸新聞社のマイベストプロ>  

       に登録されています

 

 

<カウンセリング・オフィス岸井とは?>

    カウンセリング・オフィス岸井は、神戸にある、学校・職場・対人関係などにおける不適応やうつ・不安障害等の神経症でお悩みの方々の相談に応じる神戸の心理相談オフィスです

 

 

 学校や職場の不適応や対人関係や生き方の悩みなどさまざまな問題や、やる気が起きない、周囲の目が気になる、集団に入れないなどの問題にも豊富な経験をもとにご相談に応じます。

  また大人のうつや様々な不安や悩み、神経症・発達障害、幼少期の影響を引きずるアダルト・チルドレンとしての生きづらさや人間関係の問題などさまざまなお悩みにも対応いたします

 特に最近では、ご夫婦の問題としてカサンドラ症候群などが問題になっていますが、ご夫婦の問題として一緒に取り組ませていただきます。

問題に取り組む決心が固まられたなら、どうぞご遠慮なくお申し出ください。

<カウンセリングとはどんなことをするのですか?>

   カウンセリング・オフィス岸井では、ことばによるカウンセリング以外にも、ユング心理学をベースに、夢分析箱庭療法・コラージュ療法・絵画療法等を用いて、言葉だけではないイメージを使った方法などの技法を用いた対応もいたします。           

 

*箱庭療法の様子です

 

 *なお当オフィスでは1回限り、あるいは数回のみの面接はお受けしておりません。

あくまでも、ご自身の問題に取り組むための継続面接に限らせていただいています

 その点、ご理解下さい。

<全国各地からスカイプ・電話による面接の希望をお受けしています>

オフィス岸井は直接対面面接だけでなく、スカイプや電話による面接も行っています。これまで全国各地からスカイプ・電話による面接を実施してきました。交通費もかからず、自宅にいても可能なため、遠隔地や周囲に相談していることが知られたくない場合にはどうぞご希望ください。

また自宅からなかなか出ることができない、というような場合にも利用することができます。

どうぞお申し出ください。 



☟ブログ<時どき 静かに>

ルミナリエに行ってきました

ルミナリエに行ってきました。テレビなどではたびたび取り上げられてもはや神戸の年末の恒例行事のようになってきたルミナリエ。

もともとは阪神淡路大震災でなくなった方の鎮魂行事ということだったのですが、今はもう観光地のようです。

 

暗闇の中で「聖なる光」とでもいうような灯に包まれていると、確かに気持ちの中に神聖な思いが湧いてきます。全国各地、または海外から来られた方々にもこの思いが少しでも伝われば良いと思います。

 

ただ開始当時から見守ってきた神戸の住人としては、年々質素になっていく寂しさも正直ありますね。やはり財源の問題でしょう。そこかしこで寄付を受け付けていましたが、皆さんの思いをつなぐためにもぜひ寄付をお願いします。私も寄付をしました。

 

それにしてもこの光の芸術を見るためにたくさんの人が集まってくれる様子を目にすると、あの大震災の時の様子と比べてしまいます。やはり人が集まって、つながりを持つことが本当に大切な事なのですね。これからもみなさん忘れないで下さい。

 

もちろん神戸だけでなく、全国各地で起きた自然災害やそこに住まれている人たちとのつながりも同じ思いでいたいものです。

 

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電話・スカイプによる面接について

今日は当オフィスの電話・スカイプによる面接についてお話します。

当オフィスでは対面の面接だけでなく電話・スカイプによる面接もお受けしています。

それは当オフィスへの問い合わせの中で、「直接お話ししたいのだけれど、通うには遠すぎる」または「実は家から外に出るのは苦痛です。できれば家の中で相談したい」等のご希望が多数寄せられたからです。

 

また「神戸近郊ではないし、近くの地域にはどうもカウンセリングを受けられるところが見当たらない」とか「カウンセリングを受けたいのだけれど、地域の人の目がありルームに入るのを見られたくない」などの声も多数寄せられました。

 

そこで当オフィスでは、電話・スカイプの面接を行うようになりました。その方が誰にも知られずに、また交通費もかかりません。現在神戸周辺だけでなく、関東・東北から中国地方まで全国各地からの面接をお受けしています。

 

電話でなくスカイプの場合でも、「顔をみられたくない」と音声だけのチャット相談も可能です。

 

どうぞ遠慮なくお申し出ください。

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幸せホルモン、オキシトシン出っ放しの動画

おっと、これは反則だ!可愛すぎるでしょーが!?っていう動画を二つほど。
まずは本当にかわいいリスの赤ちゃん

つぎはハムスターが遊ぶボールの入れ物にかくれんぼしている子猫ちゃん

オキシトシン出っ放しっていう感じですね。
でもこんな動画見ていると、本当にシアワセ!!

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物語・ファンタジーを生きる

「物語」と言われて、皆さんはどういうことを思い浮かべますか?日本昔話やハリーポッターのようなファンタジーを思い浮かべるかもしれませんね。でも、そういう作品としての物語だけではなく、私たちが生きるということ自体がそれぞれの物語を作り出すことなのかもしれません。

たとえば身近なところでは、今日一日どう過ごそうか、などと言う予定もひとつの物語でしょう。また過ぎ去った挫折やショックを自分の中で納得させて明日へと立ち直る物語もありますね。初詣に行って、神様に今年1年の幸いを願うのも、神様が守ってくれるだろうという物語の一つかもしれません。

少し前の雑誌「広告」2011/10月号の特集テーマは「明日を生きるための物語論」でした。その特集の中で編集長の永井一史さんと精神科医の香山リカさんの対談がありました。その中で香山さんが面白いことを言っています。引用してみます。
 
<今うつ病の患者さんが非常に多いんです。しかもこのうつ病と言う病気は「物語性」があまりない病気なんですね。なんとなく気持ちが滅入るとか起承転結がはっきりしない病気と言うか・・・・・・ひとつ言えるのは、精神疾患はいつの時代も、その背景にある時代性や社会と連動して起きるということです。現在の、うつ病の増加は、世界全体の物語の喪失という問題と関係しているのではないだろうか・・・・・>

 確かに今の世の中、希望を持ってもなかなか現実にはかなうことが難しいですね。就職活動で苦労している若者を見ていると、そう簡単に甘い夢や希望を見ていられない、という殺伐とした現実に直面している様子に胸が痛みます。

しかしだからこそ、逆に言えば私たちは夢や希望を、そして物語やファンタジーを必要としている時代なのだ、と言うこともできるでしょう。厳しい現実を生き抜く物語、明日へと希望をつなぐファンタジー、いわば「遊び」の中で生きる力を生み出す必要があるのだと思います。若者が夢中なゲームや漫画はそのためにあるのかもしれませんね。

さて、私は夢や箱庭・コラージュ・絵画など、いろいろなイメージで物語りやファンタジーを作り出す方法を主に使って、カウンセリングを行ってきました。ひと時ファンタジーの世界に浸り、ほっと自分自身を取り戻した後、そのエネルギーを明日の生きる力に結び付けていきます。時には苦しい、出口のない物語になることもありますが、人間には必ず自分を取り戻す力がある、と信じています。

 

 

あなたもご自分の物語を紡ぎ出してみませんか?

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自己回復力

人間には、意識が一面的になりすぎた時、それを補償する無意識の働きがあると言うことを言ったのはユングである。逆に無意識が動きすぎた時、意識がそのバランスを取って自分自身に対する自覚をもたらしてくれるとも。私が取り組んでいる心理療法も、ユングの言う補償が引き起こされる可能性を信じるところに成り立っている。

この補償という自己調節機能は、人間の心理面だけに見られるものではない、生理学的に言えば、ホメオスタシス(恒常性)にも関連があろうし、もっと身近に言えば自己回復力とも言ってよいのではないか。人間にはそういう可能性がある。それが生きる希望にも繋がっている。

少し前になるが、テレビを見てびっくりした。なんと脳性まひの回復についてのニュースが流れていた。脳性まひの子どもにへその緒から取ったさい帯血の一部を移植して症状の改善を図るという臨床研究の計画を立て、国の承認を受けた、というのだ。高知大学が向こう5年間で、10人に実施すると言う。

同時にその方法を実験的に行った結果、歩行も困難であろうと予測された子どもが成長とともに機能が改善し、今は元気で走り回っているという映像も流れたのである。

もしこの治療法が確立されれば、これは画期的な大事件だ。これまで多くの脳性まひの子どもたちが生まれ、その療育や治療に、本人や家族はもちろん障害児教育に関わって来た人たちが取り組んできた。その人たちにとって夢のような可能性が広がる。私も以前は肢体不自由児・者との関わりを持たせていただいた経験から、このニュースを聞き逃すわけには行かない。

「人間には自分の異常を自分で治す、『自己回復力』がある」と言うコメントも紹介されていたが、心からそれを信じたい。IPS細胞を含め、ここ最近は人間の回復力・復元力を利用した治療法が生まれてきつつある。心理的な面でも、生理的な面でも人間は自分で自分を回復する力を持っていると言うことは、人間の未来に対する希望を持たせてくれる。

カウンセリングもそれを信じるところから始まる。

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しづかなる力をわれに授けしたまへ

 

今日のことばは

「何事もいたし方なし。しづかなる力をわれに授けしたまへ」 斎藤茂吉

う~ん、なんとも含蓄のあることばです。
取りようによってはあきらめているかのようですが、そうではなく、いろいろな出来事を受け入れる心の平安を授けてください、という意味でしょう。と、言うことは逆に、この言葉を吐いた斎藤茂吉さんは、その時苦しみのドン底にいたのでしょうね。

同じような言葉の一つに「平安の祈り」と言うのがありますね。アルコール依存のグループで唱えられることで有名ですが、もともとはアメリカの神学者のラインホルド・ニーバーさんが作った「ニーバーの祈り」と言うのだそうです。

神よ 変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、 識別する知恵を与えたまえ>
(訳:大木英夫)

 

困難のドン底にいる時、 勇気と冷静さと知恵こそが、「しづかなる力」となるのでしょう。

 

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映画「いろとりどりな親子」を見て思ったこと

前から「必ず見たい映画」と決めていた映画「いろとりどりの親子」を見てきました。とりあえず予告編はこちら。

世の中の人の顔がみな違うように、一人一人の人生はみな違います。決して人と比べる訳ではないけれど、それでも自分と違う顔や人生がある事を知った時、うらやましく思ったり、悲しく思ったり、逆に優越感を持ったりするのが人間でしょう。

 

しかしだからと言って、「この世に受けた生を自分らしく生きること」に関しては人間だけでなく、すべての生物に備わった権利だとも言えます。その点に関しては誰とも比較することではないと思うのですがいかがでしょうか。

 

この映画の原作は、作家アンドリュー・ソロモンさんの著書「FAR FROM THE TREE」。どういう本なのかと言うと・・・

 

<作家アンドリュー・ソロモンは、自分をゲイとして受け入れようと苦悩している両親の姿に直面したことをきっかけに、10年をかけて、身体障がいや発達障がい、LGBTなど、さまざまな“違い”を抱える子を持つ300以上の親子に取材。900ページにわたって家族の本質を探ることに尽力した一冊>(映画「いろとりどりの親子」公式ホームページより引用)

 

まさしく様々な違いを持った親子が、それぞれの人生を、それぞれの受け入れ方で生きている姿をそのまま私たちに教えてくれます。

 

私もこれまで様々な障害を持った子供たちやそのご家族、様々な状況に苦しんでいるご本人やそのご家族にお会いしてきました。また私自身難聴と言う障害を持つのですが、難聴を含む「聴覚障害」とひとくくりにできない、一人一人の人生がある事を当事者に関わらせていただくことで実感しています。

 

結局は「障害児・者」や「健常児・者」などというレッテルでひとまとめにしてしまうことで、一人一人の固有の人生を抽象化してしまいかねないのではないか、そこに生きる具体的で固有な人生を見失ってしまわないか、と懸念しています。

 

どういう面で共通点があろうとも、それ以外の点ではそれぞれ「いろとりどり」の姿を持つ固有の人間です。それぞれがそれぞれの人生を「納得」して生き抜くことがこの世に生を受けたことの証ではないのでしょうか。

 

この映画をいわゆる「障害者やその家族」を描いた作品として見るのではなく、それぞれが置かれた状況で真摯に生と向き合った人々との出会いとして観る必要があるのではないか、私は今そう思っています。

 

興味があれば、是非一度ご覧ください。

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「人生には“灰の時”と“炎の時”がある」

「人生には“灰の時”と“炎の時”がある。なすべき何事もない時は、何もすべきではない」

アンリ・ド・レニエというフランスの詩人・小説家の言葉だそうです。

 

うむ。そうかもしれない。

何をやってもうまくいかない時、どうあがいても何も変わらない時。

そういう時って、確かにありますよね。

 

こういう時は、もう性根を据えて逆らわないことかもしれません。

だって、あがけばあがくほど底なし沼のように自分苦しめることになってしまう。

 

今、私も少しそういう気分なのですが、これをどう開きなおれるか。

言うのは簡単なのですが、なかなか難しい。

 

と、言うのはいつまでこ状態が続くのか、終わりが見えていれば我慢もできるのだけど、いつ終わるか、終わらないのかも分からない状態では、本当に開き直るのは難しい。

 

しかし、言い古された言葉ですが

「開けない夜はない、抜けられないトンネルはない」

それを信じることでしょうか。

 

 

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「娘が学校に行きません」

今日たまたま本屋で手に取って買った本がこれ

(写真はAmazonより)

 


これ、作者であるフリーのイラストレーターの野原広子さんの娘さんが小学5年生の時に、突然学校に行けなくなってから198日の親子の迷いの日々をコミックエッセイとして描かれた本です。

基本コミックなので見てもらうしかないのですが、目次をさらっとあげてみると
1章 娘が学校に行きません
2章 娘が学校に行けません
3章 娘が保健室に行き出した
4章 娘が教室に行けません
5章 まだまだ教室に行けません
6章 学校に行けました

それぞれの章に、198日が割り振られてあってその日々の様子を描かれています。

日数にすれば半年ちょっとなので、比較的早期に復帰されたようですが、日数は短くてもその間の親子の心の葛藤や不安は大変だったでしょう。

あとがきで
「・・・現在中学生になった娘が先日、
『学校に行けなかったころはしあわせだったなぁー』と、
まさかのつぶやき」
と書かれていました。

確かに毎日ルーティンのように過ぎ去っていく現実の日々に比べ、学校に行けなかった日々はある意味「非日常」の良くも悪くも「ファンタジック」な日々だったのかもしれませんね。

以前同じく多感な思春期の女子の心の揺れを描いた「西の魔女が死んだ」という映画がありましたが、娘さんのつぶやきを読んで、その映画のことを思い出しました。

もっともそれが「良い思い出」として思い出されるのも、今現実の世界に立っているからでしょうし、また再びあの「非日常」に戻りたいか、と聞かれたら返事に困るのではないでしょうか?

もし興味を持たれたら、本屋さんで手に取ってみてはいかがでしょうか?

 

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公認心理師、ドタバタ、ふ~

受験前はどんな問題が出るのか皆目見当がつかず、受験中は「こんな単語、見たことないぞ!」と心配になり、受験後は「なんでこんなひどい問題をだすんじゃ、回答の選択肢もあいまいやし(-_-;)」と不満タラタラで、しばらく経ってみると受かったかどうかさえ気にならなくなった今、なんとかかんとかギリギリの点数で合格しました、ふ~。

 

全く人騒がせな資格で、実際のところどの程度役に立つのかも不明なのですが、しかし持っていないとそれはそれで不都合もありそうな公認心理師です。

 

今回無念だった方もいらっしゃるでしょうが、とりあえず1回試験問題が判明したので、次は傾向と対策が立てれそうですね。事例問題からやり始める、というのも手ですね。

 

 

ドタバタ、ふ~。

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