発達障害児を見る目について <1>

「発達障害児を見る目について」などとわかったようなわからなんようなタイトルを付けてみました。最近私の考えていることをまとめてみたいと思うのです。

 

ごくごく簡単に言うと、「発達障害児を見る時は、その10年後・20年後を見据えよ」ということです。

 

「発達障害」と聞くと、やれADHDだ、やれLDだ、やれPDDだ、ということになりますが、これらの障害で問題にされるのは、特に幼少期から学童期までぐらいが多いのではないでしょうか。

 

例えば、クラスという集団になじめない、とか、勉強面で落ち着きがない、とか、相手の気持ちがわからずにひどいことを言うから友だち関係にトラブルが起きやすい、とか。

 

確かにそれらも問題ではあるのですが、最近私は「大人の発達障害」について考えることが増えたせいか、「発達障害児を見る時は、彼ら大人になる10年後・20年後を見据えた指導をするべきではないか」と思うようになりました。

 

と、言うのは子供時代はいろいろとトラブルがあっても、保護者が、先生が何とか関わってくれる。周囲の子どももまだ心が柔軟だし、何より小・中・高・大と進路が進むにつれ、周囲のメンバーも変わっていきます。ですからある意味期間限定のトラブルなわけです。

 

しかし成人してからはそうはいきません。就職したらそこでの失敗は離職につながりかねません。結婚したら、そこでのトラブルは離婚や子供にまで影響が及びます。

そう考えると、学校に通っている期間の問題より、それ以後死ぬまでの数十年の方がよっぽど広範囲で、しかも永続して、あるいは深い問題につながりかねないからです。

 

それを考えて、子ども時代に接触の仕方、指導の仕方を考えるべきではないでしょうか?

 

ではどうすればよいか?

一言で言いうと、「ほめる」「認める」「評価する」ということではないでしょうか。

 

発達障害児は幼少期からどうしても注意され叱責されることが多くなります。それだけに自己評価は低くなりがちだし、自分を取り巻く社会に対する不全感や怒りも蓄積されやすいでしょう。

 

その影響が結果的に、成人以後の長い人生に影を落としかねません。

私たちは、発達障害児に対して、究極的には自己評価を落とさない、自尊感情を育てていく対し方をすべきではないか、と思うのです。

 

如何でしょうか?