「鳥のように空を飛べたらいいな」という昔からの人間の夢や願いが、飛行機となり空飛ぶ車になりました。「どこへでも自由に行ければいいな」というドラえもんのどこでもドアは、インターネットでほぼ可能になり、鉄腕アトムのような会話できるロボットもAIとともに進化しつつあります。
考えてみれば文化の発展は「こうなったらいいな」という憧れや希望が、まずは魔術的思考の中でイメージされ、次に科学的思考によってそれを現実化していくプロセスを踏んでいくのでしょう。そういう意味で、魔術的思考に彩られた物語は希望を生み出し、現実がその後を追っていくのです。それは人間の生き方でも同様で、目標や夢があるところに生きる意欲が湧いてきます。ただ本人のこころが自ら生きる希望や意欲を生み出す過程に関わる心理臨床の世界は、因果関係で説明ができるものではありませんしそこが医療や科学の世界と異なるところでしょう。
その魔術的側面は実は人間の現実そのものにもあるのではないかと指摘したのがユングです。ユングの指摘した「共時性(シンクロニシティ)」とは、因果関係だけでは説明できない「意味ある偶然」という概念です。それは継時的な因果関係になじまないので、時にはオカルト的な理解をされたりしますが、物語の展開同様「なぜかわからないけれど」そこに意味ある出来事や展開が時を同じくして(共時)起きて、次のステージに向かうという次元を指しています。ユングはその背景に「希望」の元型が動いていると指摘しました。
幼い子供たちは毎日の生活世界をすべて因果関係で納得しているわけではなく、「なぜかわからないけど」次々と展開する日々を、新鮮に半ば驚きとともに体験しているのではないでしょうか。彼らにとって「今がすべて」で、すべてが共時的に起きる体験(赤ちゃんにとっては「おなかがすいたな」と思ったら何故だかわからないけど乳房が出てきて、「気持ち悪いな」と感じたら不思議と新しいオムツがやってくるのです)で、それは自分の生きる世界への希望をはぐくみます。希望のあるところに根拠のない安心感(何とかなる、大丈夫だ)と生きる意欲が湧いてきます。






コメントをお書きください