「嘘みたいな本当の話」
前回の終わりに「それでは私たちが生きている『この人生』は、合理的・科学的思考で組み立てられているのか、それとも魔術的・物語的思考の海に漂っているものなのか、どちらなのでしょう? あなたはどう思いますか?」という問いかけをさせてもらいました。
「魔術的・物語的世界」はこどもが生きている世界で、「合理的・科学的世界」は大人の世界だとすると、年齢や環境によって変わってくるのでは?と考えるのは理解できる考え方です。確かに一理あるでしょうね。ただしいろいろな人生経験を踏まえてくると、必ずしもそう簡単に割り切れない経験をすることがあります。
例えばここに一つの「嘘みたいな本当の話」があります。
<17万円>
私はフリーランスのグラフィックデザイナーだ。
十年余り続けてきて、ありがたいことにこのご時世まで仕事が途絶えることなく、何とか食べてきた。しかしながら今年の春先、どう手を尽くしても支払いができそうにない17万円ほどの外注費があった。借金はしない主義でやってきたし・・・かといってどこをどうひっくり返しても17万円もの大金が出てくるわけもない。
う~ん・・・と考え込んでいると、1年半前に仕事をしたっきりの取引先から連絡が入った。
「随分お支払いが遅れてしまい、申し訳ありません。一昨年作っていただいたパンフレットの制作費を先ほどお振込みしましたので、ご確認よろしくお願いいたします」
ああ、あれって振り込まれていなかったんだっけ?とネットバンキングで確認すると、17万円ほど振り込まれていた。
「嘘みたいな本当の話」 日本版 ナショナル・ストーリー・プロジェクト
高橋源一郎 内田 樹 イースト・プレス 2011年 より
この話を読んで皆さんはどう思うだろう?
「ラッキー!」「そんなことってあるんだ!」「自分にもそういうことが起きて欲しい」・・・・いろいろと思うでしょうが、いずれにしてもこのエピソードはいわば「嘘みたいなホントの話」であり「たまたま起きた偶然の出来事」なのでしょう。しかしその偶然の出来ごとが「なぜ、いま」起きたのかと考えてみても「合理的で科学的な説明」はできないのではないでしょうか?
継時事象と共時的事象
皆さんの中にも同じような「嘘みたいな本当の経験」をされた方もいらっしゃるかもしれません。実はわたしにも同じような体験があります。このような「偶然」が訪れた時、人はその偶然に意味を見出そうとします。「偶然なのだけど、なぜ、いま、私にこういう偶然が起きたのか、何か意味があるのではないか」と思わずにはいられません。多くの場合、その意味は「希望」につながる内容が多いのですが、ちょうどバイキンマンにいじめられていたカバオ君のところに、「なぜかわからないけれど偶然」アンパンマンが通りかかるようなものなのです。
ユングはこのような「意味ある偶然」を「共時性(シンクロニシティ)」と呼びました。ユングの文章はなかなか難解でわかりにくいので、そのユングの共時性について書かれた著書(『ユングと共時性』創元社 イラ・ブロゴフ 2024 )の中で最後に故・河合隼雄さんが解説された文章から引用させていただきます。
故・河合先生はその解説文の中で次のような表を載せられています。
共時的事象というものを簡単に図にして解説されていますが、大変わかりやすいので引用させていただきました。
左図のA・Bと言うのは、ある「事象」を表しています。それは一般的には「因果律」で説明されることが多く、そういう意味では時間の流れに従ってある原因が次の新たな事象をもたらし生起していく説明がなされます。
例えばカバオ君がバイキンマンにいじめられている(A)、一方でAとは関係なく、アンパンマンは町のパトロールに出かけた(B)と言うような具合です。その時スマホでアンパンマンに「助けて!」とお願いしたのでアンパンマンが助けに行く、と言うような流れが起きたなら、それはそれで非常にわかりやすくしかも「時間の流れに沿って=継時的」に起きる事象であるわけです。
ところが物語の中ではそのような「因果律に沿って継時的に事象が起きていく」わけではありません。つまりなぜかわからないけれど、たまたまその時アンパンマンがバイキンマンにいじめられているカバオ君を見つけるわけです。そのような事象の関連を河合先生はタテの点線で「時間軸を横切って=共時性」を示され、その流れが「意味」を生み出す、という具合に解説されています。
そしてそこに「単なる偶然さ」で忘れてしまうのではなく、「なぜ、いま、ここで、こういう偶然が自分に起きたのだろうか」という「自分にとっての意味」を見出す「主体」の存在について触れられています。
つまり自分の人生の中で起きた出来事の意味を考え、自分の人生に練り込んで新しい展望を切り開く創造的な生き方の側面が「共時性」という考え方にあるという事なのでしょう。そしてその背景にユングは「希望の元型」というものが動いていると指摘したのです。
よく「生きる意味」などといますが、それは私たちの人生の中でもたらされる偶然がきっかけとなって浮かび上がってくることもあるのではないでしょうか? そしてその体験が人生に対する希望を生み出してくれる。17万円が振り込まれたグラフィックデザイナーさんの驚きの笑顔が目に浮かぶようです。
皆さんはそういう体験はありませんか?



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