「何かを期待して待ち焦がれることも、楽しみの半分よ。
期待しても、思い通りにならないかもしれない。
でも、待ちがれる愉しさは、誰にも止められないわ。まちがいなく自分のものですもの」(「赤毛のアン」より)
自分は「大人」になって久しいですが、いわゆる「大人」は「傷つくこと」をできるだけ避けたいと思うようですね。
私自身いつからか何かに期待することを止めるような習慣がついていることに気が付きました。
なぜなら「期待」期待しなければ「落胆」することはないから。
いつの間にか、「こうあってほしいなぁ」と思うのではなく「最悪の状況」を頭においている自分がいるのです。
最悪の状況を考えて、先に手を打っておけば、本当に最悪になった時にでも慌てふためくことなく、用意周到に振舞えるから。
それが「大人」の思慮深さとでもいうのでしょうか。
でも最近、この「赤毛のアン」を読むにつれ、いつの間にか自分が想像力や豊かな感情から遠ざかっていることを痛感しますね。
スーパー・ポジティブ・ガールのアンの言葉は、干からびていた私のこころに水をかけてくれています。
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