「ちいさな島」

*写真はAmazonより
*写真はAmazonより

 

 

 

 

 

“おおきな海のなかに ちいさな島があった”

 

 

 

 

 

 

 

誰も住んでいないちいさな島。鳥たちやさかなが穏やかに身を寄せ、春になるとちいさな草花やさまざまな花を咲かせてくれます。そこでは季節と時の移り変わりとともに、ロブスターやアザラシ、カワセミなど様々な生き物が脱皮をし、巣を作り、子育てをしているのでした。本当に穏やかですべての行けとし生けるものが自然のままに過ごしている島。

 

そこへ人間の家族と一匹の猫がよっとで立ち寄ったのです。

 

“なんて ちっぽけなところだ。 海が とてつもなく大きいように この島はとてつもなくちいさい”

 

確かにそうかもしれません。海の広さに比べれば、水面から顔を出している島の陸地は確かにちっぽけなところです。しかしその島の近くの海に住む魚たちは、この島が実は海の底の底では世界と陸続きになっていることを知っていたのです。

 

実は人間もこの島と同じなのを御存知でしょうか?一人一人はそれぞれ違う個性を持ち、それぞれの人生を送っているように思ていますが、よく振り返ってみるとすべての人間はみんなつながっているのです。

 

例えば生まれた時は誰であっても一人で生きていくことはできません。誰かに育ててもらう必要があります。やがて成長すると今度は自分一人で行動したくなります。人間で言えば思春期の自立の時期でしょうか。そして青年期になると今度は異性に関心が湧き、一緒に身を寄せたくなってきます。そして子どもが生まれると、今度は親としての子育てに励みます。やがて子育てが一段落し、中年期を迎えるとこれまでの親としての役割から離れ残りの人生をどう生きるか、自分自身と向き合わざるを得なくなるのです。そして最後は如何に生を終えるかが、最後のテーマに・・・。

 

こういう人生のテーマに関しては、具体的な様子が違っていてもほとんどの人に共通するプロセスなのです。一匹一匹は個体としてさまざまな蜂ですが、群れを成すと手段としての秩序を産み出し大きな蜂の巣を作ることができるように、それぞれは個別であっても、広く見つめれば集団としての同じ生き方を全うして生を終えるのです。それが「自然」なのですね。私たちは自分の人生を生きながら、一方では人として同じ生き方を繰り返しているのです。

 

“よるがきて すぎていった 

     夏と冬  太陽とかぜ  そして あめも。

        ちいさい島でいることは   すばらしい  

           世界につながりながら  じぶんの世界をもち 

                     かがやくあおい海に かこまれて  ”

 

なんて不思議で、なんてすばらしい!