「あせらず・あわてず・あきらめず」~ネガティヴ・ケイパビリティと言う考え方~

神戸 カウンセリング オフィス岸井
*写真はAmazonより

8月も終わりに近づき、いよいよ小・中・高校などは2学期が近づいたり、地域によってはもう始まっているところもあるでしょう。

 

この夏は、毎年恒例の先生方向けの研修会などがいくつかあり、やっとそれも一区切りついてホッとしています。

 

それにしても今年は自分自身、結構同じような内容をくりかえしていたなぁと思うのですが、それがタイトルにあげた「あせらず・あわてず・あきらめず」というフレーズ。

 

これは私の長年の座右の銘で、今でも自分に言い聞かせているのですが、その内容がピッタリ合致した本が右にあげた本。

「ネガティヴ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」帚木蓬生 著 朝日新聞社出版

 

詳しくは本を読んでもらうか、または別のところで少し書いて見ようかとも思っているのですが、まさしく私には「ど真ん中ストレート直球、球速161キロ!」と言う感じでした。

 

副題で「答えの出ない事態に耐える力」とあるように、現代の合理的な問題解決的思考や、なんでもエビデンスに基づいた実証的な論拠に基づかなければ、という強迫的な風潮と正反対に立ち向かうように(?)、「論理を離れた、どのようにも決められない、宙ぶらりんの状態を回避せず、耐え抜く能力」(p.9)ということです。

 

これは経験則と実感に基づいて言えばーそのこと自体がエビデンス・ベースではないのですが(-_-;)ー、まさしく臨床の知恵でしょうね。大体、人という物は機械と違って、「やる気スイッチを押せばやる気が出る」というようなものではないでしょう。カウンセリングでも「これこれこういう生き方、考え方が正しいから、考え方を改めよ」的な指示や説教・説得で効果が出ることはほとんどありません。たとえその内容が正しくても、やはり相談者自身が自分で気づき、納得して、自分の心の中から主体性が湧き出てくる「時」を待たなければいけないのです。

 

しかしその時がいつ相談者のこころに芽生えてくれるか、カウンセラーにはわかりません。わかれば手っ取り早いのですが、そうはいかないのですから、これはじっとその時が訪れるまで待つ、あるいは寄り添いながらそばにいる、ということになるのです。

 

そういう人が変化成長していく自然の自己治癒力・自己成長力への畏敬の念が「ネガティヴ・ケイパビリティ」そして具体的には「あせらず・あわてず・あきらめず」と言う姿勢になるのではないかと思っています。

 

確かフロイトだったと思いますが、心理治療について「外科医は傷口を縫うことはできるが、その傷口を直してくれるのは治療の神様なのだ」というような発言をされていたと思います(あいまいで、間違っていたらごめんなさい)。植物が成長して、芽を出し、葉を茂らせ、花を咲かせ、実を成らすためには、どうしても「自然の成長プロセスが訪れる時」を待つことは必要なのです。出たばかりの芽を上に引っ張ってみたところで、伸びていくわけがありません。

 

「ネガティヴ・ケイパビリティ」、言い換えると「世の中にはすぐには解決できない問題の方が多いけれど、それでもすぐには解決できなくても、なんとか希望を捨てずに持ちこたえていくことは生きる上でとても大切な能力だ」という考え方は、思うようにいかない人生をなんとかんとか、どうにかこうにか生きぬいていく大切な知恵なのではないか、と思わずにはいられません。

 

「あせらず・あわてず・あきらめず」

私も明日から、なんとかかんとか、どうにかこうにか、やっていこうと思います。