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科学と物語の接点 絵本「生きているのはなぜだろう。」

「痛っ!」

ある日少年が学校でエンピツをナイフで削ってると、誤って指先を怪我してしまいました。そして保健室へ行くとやさしそうな保健の先生が絆創膏を巻いてくれてこう言いました。

「ほら、もう大丈夫だよ。3日もすれば、すっかりもとどおり」

 

たいていの人なら経験のありそうな出来事ですが、そこから少年はある大切な事に気が付きます。

 

「不思議だな。

 どうして、けがをした指は自然にもとにもどるんだろう。

 割れた石ころは、もとにもどらない。壊れたら、そのままなのに」

・・・・とここからこの絵本のテーマ「生きているのはなぜだろう」につながっているのですが、さすが作者はただものではありません。

 

この絵本の作者は東京大学薬学部の脳研究者 池谷裕二さんと、絵は コンセプトアーティストの田島光二さん。池谷さんはマスメディアでも有名ですが、田島さんも、数々の映画作品のCGを手掛ける素晴らしい才能の二人。

 

私も最初はたまたま入った本屋で、まずはタイトルに、そして田島さんの手がけたグラフィックのすばらしさに惹かれて購入したのですが、内容を読むとなかなか、それどころの騒ぎでは(?)ありませんでした。

 

何でってやはり文章はの脳科学者の池谷さんが手がけただけあって、「私たちが『生きている』ってどういうことなのか」について、わかりやすく書かれてはいるものの深く、考えさせられるような内容だからです。

 

私がそれをさらにまとめて説明するというのはとても無理なので、池谷さんの解説から引用すると

 

《「私」とは、宇宙の老化に役立つ秩序である》

 

ほらこれだけでもみなさん、なんのこっちゃ?と思うでしょ。それもそのはず

 

《無秩序へと向かう大きな流れの中で部分的に秩序が生じるパラドックスは「散逸構造」と呼ばれます。ロシア生まれの学者イリヤ・ブリゴジンが提唱した非並行熱力学理論で、ノーベル化学賞が授与されたほどの卓見です。この理論のイメージを、私なりに噛み砕いて伝えたのが本書です》とのこと。

 

わかりましたか?

 

私には、へ~そうなの的な感想しか浮かんできませんでしたが、その内容は池谷さんがわかりやすくたとえ話でかみ砕いて子供にもわかるように説明していくれています。

その文章を読んでいると、まるでおとぎ話。

田島さんのファンタスティックな素晴らしいイメージにも巻き込まれて、まるでファンタジー物語や映画を見ているような気持ちになります。

 

意味などわからなくても、持っているだけでなんだか得したような大人の絵本です。

皆さんも一度手に取って見てみれば?眺めているだけでも楽しいですよ。

 

そしてこの本を読んでいてもう一つ思ったことは、「科学といっても一つの物語にしか過ぎないのではないか?」ということです。物語と言うのは、目の前に起きている出来事や現象を、人間が納得できるように作り上げたストーリーのこと。とにかく納得できればどんな突飛なストーリーでリアルに感じてしまう。

 

この場合の「リアル」と言うのは「心的現実」という意味ですが、本人の中で本人が納得できるストーリーのこと。そういう意味では科学と言うのも「わけのわからない現象をいかに説明するか」という意味で、一つのストーリーです。ただそれができるだけ多くの人にも共感して納得してもらえるストーリーかどうか、そして整合性のある因果関係で説明できているか、が、「科学的な説明」なのか「個人的な物語」なのか、が区別されるポイントでしょう。

 

ちなみに納得するには必ずしも「因果関係」が必要なわけではありません。「相関関係」でも納得できれば十分ですし、多くの常識や思想や宗教は特に因果関係を必要とはしません。かならずしもエビデンスを必要としないわけです。そもそも人間の「生きる意味」や「幸せとは?」なんて問いは個人個人違うわけで、そこにエビデンスを見いだせるか、ということは疑問ですね。

 

そういう意味でこの絵本は「科学と物語の接点」にあるような気がします。

いずれにしてもとても楽しめる科学のおとぎ話しでした。