「備えあっても、憂いあり」防災教育の大切さ

まず最初に、九州の熊本地震に被災された方々に心からのお見舞いを申し上げます。私自身も21年前の阪神淡路大震災に被災し、テレビのニュースを見聞きするたびにその時の思い出がよみがえってくる時もあり、被災・避難されている方々の気持ちが身を持って感じられます。何を置いても、まずもってご自身のお身体にお気を付けいただきたいと思います。

 

さてそういう中で、この度色々と考えさせられる経験をしました。それは二人の知人とのやりとりを通して感じたことです。今回の地震にとどまらず、甚大な自然災害等に見舞われた時、人によってその体験をどう処理していくのか、が異なるのだということでした。

 

まずAさんは熊本県ではなく、その近隣の県で地震に会われました。Aさんは出身が関東のある県で、その県ではほとんど地震に見舞われることがなく、Aさん自身大きな地震体験は今回で2回目だと言うことでした。ですから2回にも及ぶ熊本での震度7の揺れが伝わってきた時、ものすごい恐怖に襲われ家から飛び出し、「街の中の人がいる店を探して逃げ込んだんだ」と言われました。一人で耐えるには心細く不安だったとも言われていました。

 

ところが私はもう一人の知人Bさんとも話すことができました。Bさんも熊本県近隣の他府県で揺れを体験されたのです。しかしBさんの出身は、かねてから心配されている南海トラフの直接的な被害が予想されている地域でした。ですからBさんは「私は小・中・高校と、ほぼ毎月に1回ぐらいは地震の避難訓練をしていた」と言うのです。震度7を体験できる「震災車」で実際の揺れを体験したこともある、ということでした。

 

そこで今回最初のゆれを感じた時思わず「来たなっ!」と思ったそうなのです。そしてすぐに携帯を片手に近くの机の下に潜り込み「地震は最初の揺れの数十秒後に、もっと大きな揺れが来ることが多いのだ」と言う知識を思い出し、時計を見ながら身構えていた、とおっしゃいました。そして「自分でも驚くぐらい冷静に判断して行動できた」とも。

 

Aさん、Bさんともに体験した震度は多分震度4~5程度だったのではないでしょうか。しかしAさんはほとんど地震の知識や体験もなく、「うわぁ、なんだこれは!!」と言うお気持ちだったのでしょう。一方度重なる避難訓練やさまざまな知識をお持ちのBさんは「来たなっ!!」と身構えて迅速に身を守る行動が取れたのです。

 

この違いは本当に大きいですね。ちなみにAさんはいまだにちょっとした音や動きに警戒心が働き、過覚醒状態で苦しまれています。また当時のこともはっきりと思い出せず、「まるで夢の中で起きたことのようだ」とおっしゃいます。Bさんは「自分は冷静に判断し、行動できた」と言われ、今はもう現実的な生活を取り戻されています。

 

もちろんお二人とも近隣での体験ですから、実際に家屋が倒壊したり避難所暮らしをされていたわけではありません。もしもっと直接的な被害に合われていたら、感じ方も異なったかもしれません。しかしそれでもこのような予測できない自然災害に対し、如何に防災教育や防災訓練が大切か、と言うことを実感したお二人との会話でした。

 

震災だけでなく原発も含め、「備えあっても、憂いあり」と言うぐらいの準備が大切なのだと思いますね。