不登校になった時、親はどうすればよいか

神戸新聞がさまざまな分野の専門家の記事をピックアップして掲載しているサイト「毎朝3分の知恵チャージ。 JIJICO」に新しい記事をアップしました。それがタイトルの記事。


記事はこちら⇒「子どもが不登校になった時、親はどうすれば良いか?」

 

 


私はカウンセラーとして多くの不登校児と関わってきましたが、その中から彼らに教えてもらったことを文章にして見ました。彼らは言葉ではなかなか表現できなくても、絵や遊びの中でイメージを使って様々な思いを表現してくれます。それを見守りながら理解することが大切です。

興味をお持ちの方はぜひ一度お読みいただければ幸いです。

またJIJICOには私がこれまでアップした記事がまとめられてあります。もしよろしければ、そちらも一度覗いてみてください。

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まちがっているのは、あいつらだ!

この動画は約12分間に及びます。
しかしぜひ多くの人に見ていただきたい動画でもあります。

日本だけでなく、世界で蔓延するいじめの犠牲者に
自らの体験から出てきた言葉。
いや、今でもなお、出てこざるを得ない、心の声のほとばしりを感じます。



「間違っているのは、あいつらだ!」

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平成28年度箱庭療法勉強会について

 

◆◆カウンセリング・オフィス岸井「平成28年度箱庭療法勉強会のお知らせ」◆◆

 

 

 

オフィス岸井では昨年度に引き続き、月1回(日曜日)のペースで「箱庭療法」についての勉強会を開催します。

 

 

 

昨年度と同様、毎月第1日曜グループ、第3日曜グループの2グループを開催し、初心の方でも、もちろん中級の方でも箱庭療法の体験と象徴解釈について勉強したいと思います。

 

さらに今年度は、ある程度箱庭体験を重ねた上で、事例検討や他の投影法(夢分析・コラージュ療法・絵画療法等)などのさまざまな臨床的実力を磨き合う場として広く活動を進めていきたいと思います。

 

 

 

どちらも月に1回のゆったりしたペースで、地道に現場で役立つ実力を育てる会にしていきたいと思っていますが、やはり投影法の勉強は着実な積み重ねが必要なため、毎月の継続参加を原則としています。

 

 

 

参加ご希望の方は以下をお読みの上お申し込み下さい。

 

 

 

日時原則として第1日曜と第3日曜の2グループ。

         時間は午後1時から4時前後。

         参加希望の方は第1日曜グループ、第3日曜グループのどちらを希望される

      か、申し込み時にお伝えください。

   4月は3日(日)、17日(日)となります。

 

      *なお、どちらかのグループに参加希望しながら、当日都合により参加できない

 場合、もう一方のグループに日を振り代えて、参加することも可能です。

 また両グループに参加することも可能です。

     詳しくはお問い合わせください。

 

参加人数:今年度の追加募集は各グループ最高10名まで

           (10名を超えると締め切りますのでお早めに申し込みください。)
 

参加費:どちらも1回3000円

  

場所:カウンセリング・オフィス岸井

   (JR阪神「元町」から徒歩7分、

    阪急「花隈」・神戸市営地下鉄「県庁前駅」から徒歩5分)

 

申し込み・問い合わせ

 

Tel  090-1243-9646 

e-mail(PC) kishii@kobe.zaq.jp

 

または、オフィス岸井のHP http://www.officekishii.com/ から。

 

 皆様の参加をお待ちしています。一緒に勉強しましょう!

 

 

 

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<パニック障害>大場久美子さんの本「やっと。やっと!」

先日パニック障害の説明のところで、大場久美子さんのお名前をあげましたが、その本がこれです。

やっと。やっと!パニック障害からぬけ出せそう…


大場久美子さん、といえばある年齢以上の方には胸がキュンとなる名前ではないでしょうか?
そうです、その昔(なんて言い方をするといつのことだ!?と言われそうですが・・)、アイドル歌手として大活躍し、昭和50年代には、テレビで初代「コメットさん」を演じた方ですよ。
若い人には、「?????」かもしれませんけど、私らおじさん族にとっては懐かしい名前なわけです。

その彼女がまさかこんなに苦しまれていたとは思いもよりませんでした。
この本では、大場さんの苦しかった日々について、そしてそこからやっと、やっと抜け出せそうなところまでたどり着けた希望をの兆しを赤裸々に描かれています。

一つ一つのエピソードは本文を読んでもらうとして
第1章 ある日 私に起きたこと の章立てを見ると
・最初の発作は1999年6月21日。母の葬儀の翌日でした
・誰にも言えない。誰にも言わない
・終わらない発作は、まるで波のようでした
・恐怖は。どこで生まれてどこからやってくるのでしょう
・シャンプーの泡、電車・・・・怖いものがどんどん増えていく
・どうか今日は食べはぐれませんように
・朝には朝の、夜には夜の恐怖があります
・本番中に舞台の上で息ができなくなった最悪の日
・身の置きどころがなくて、ひとり街を歩き続けた夜のこと
・ドクターショッピングと不信感 

・パニック障害という病名を知ったのは4年も経ってから
・・・とアイドル生活の陰で本当に大変日々を過ごされていたのだと驚きました。

結果的には良いドクターとの出会いやカウンセリングが功を奏したのかもしれませんが、今大場さんのHPを見ると自らの体験を生かして、女優の仕事と平行してなんとカウンセラーとして活躍されているとのこと。

少し前の本ですが、大場さんにとっては本当に大変な経験だったでしょう。しかしその経験があればこそ、他の人の苦しみも共感できるのでしょうね。
そうしてそういうご活躍が、他の同じ病で苦しまれている方々の希望につながるのだと思いました。
ご活躍を期待しています。

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もし人生のどん底に落ちるようなことがあっても 決して絶望しないで。

「もし人生のどん底に落ちるようなことがあっても 決して絶望しないで。
  太陽は毎晩姿を消してしまうけれど、必ず朝には戻ってくるの。
 もし虹を見たいと思ったら、必ず雨が降らなければいけないのよ。」

C&Wの歌手で女優のドリー・パートンの言葉。



「朝の来ない夜はない」「出口のないトンネルはない」と言う言葉もありますが、いずれも人生に落ち込んでも、決してあきらめてはいけない、ということでしょう。私はさまざまな古今東西の名言を目にする機会があるのですが、さまざまな人がさまざまな言い方で「決して、あきらめてはいけない」ということを繰り返し言葉にされています。これこそ、人生の真実なのかもしれません。

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不登校を考えるシリーズ -1-

このコラムでは、児童期・思春期の子どものこころの問題について、簡単に触れていきたいと思います。
私は医者ではありませんので、診断についての権限はありませんが、これまで接してきた子どもたちの様子とともに、今お悩みのご本人やご父兄に何かのヒントになれば幸いです。

まず最初は、不登校を巡るこころの問題への対応について。
不登校と言う名称は、「学校に行くことができない状態」あるいは広くとらえても「学校へ行けても通常の授業や集団に入れない状態」ととらえることができます。

ただ、これはあくまでも状態をとらえた名称であって、一つの疾患の単位でないことは言うまでもありません。ですから「不登校」と言う状態を引き起こしている背景にあるこころの問題はそれぞれ個別に見ていかなければならないのです。

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夢のイメージ      行動・からだ・イメージ・言葉 ➆

さて、前回は一人でできる、しかもどちらかと言うと意識的なイメージ活用法を説明しました。このようなイメージ活用法はさまざまなところで使われています。例えばスポーツなどでは、いまやもう「イメージ・トレーニング」は欠かせません。

それから、自分が成功している様子を思い浮べながら宣言する「アファーメーション」なども言葉はつかうものの、基本的には成功イメージでしょう。


そのような様子を見て言えると、人間と言うものは「物語を生きる」存在であることを痛感させられます。「ダメだ」と思ったら「ダメになる」のです。「抜けられないトンネルはない。必ずトンネルを抜ける時が来る」と思うことで、絶望カ感に襲われそうな自分を奮い立たせることもできるのです。


私はそのような「物語」の一番無意識的な形が「夢」ではないかと思います。

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一人でできるイメージ療法  行動・からだ・イメージ・言葉⑥

さて、前回ちょっと理屈っぽくイメージのことについて書きましたが、今日はもうちょっと具体的で私の体験に基づく「一人でできるイメージ療法」について。

 

色々な悩み事が頭に浮かぶとき、もちろん理屈で自分なりに考えを整理して気持ちを切り替えられれば言うことはないのですが、なかなか上手く行かない時があります。

そんな時、私は自分なりのイメージを使った方法で切り抜けることがあります。

 

それは、今自分がおかれている状況を、まるで何か映画のワンシーンのような具体的な状況に例えてみるのです。私の場合、どうしても自分の頭から離れないある人(Aさんとします)がいる時、例えば次のような場面を頭に描きます。

 

シーン1:“私はゴムボートのようなものにのって、緩やかな川に流されている。”


という状況を頭の中に思い浮べます。

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イメージを使う (行動・からだ・イメージ・ことば ⑤)

さて、前回までは行動にあふれ出る未分化なエネルギーをからだという容器の中に何とか収めることで、身体症状として外在化して表現できること、そしてその結果、周囲に対するアピールや表現された内容を理解・共有してもらうことができ始める、と言うようなことを書いてきました。


しかし問題もあるのです。


例えば確かに心の悩みを外在化して表現することはできても、それが日常生活の中で支障をきたす原因になったり(腹痛で学校に行けないなど)、その表現で周囲の注目を集めること自体が目的となってしまう(ある種の注目集めの身体化症状など)ことや、場合によっては無意識的ではあっても疾病利得という目的のために使われるようになったりもします。


そこでできれば身体化症状の意味を読みとって、もう少し具体的な形で向き合うことが必要となってきます。これは身体化症状を何らかのイメージで表してもらうことでもあります。

そのイメージというのは色々で、例えば「ムカムカする」とか「イライラする」などの言葉のオノマトペ的なイメージで表現してもらったり、絵画や箱庭などの表現活動で表してもらったりすることなどです。

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身体の訴えに耳を傾けてください                                   (行動・からだ・イメージ・ことば④)

さて、前回に引き続き身体のレベルでの症状について。

こころのエネルギーを受け入れる容器として身体が機能し始めると、さまざまな身体症状が出てくるということを前回述べましたが、具体的にはどういう症状が出てくるのでしょうか?

 

いわゆる自律神経失調症状として出てくる症状がそれに当たりますが、めまい、冷や汗、動悸、血圧の変化、頭痛吐き気、耳なり等々いろいろな身体不調が出てきますね。

 

これらはストレスが原因の場合もあれば、実際に身体的な原因があるため、簡単にストレスが原因と決めつけてはいけません。必ず病院で調べてもらう必要がありますが、身体因が見つからないにもかかわらず症状が続く場合には、ストレスが原因であることが考えられます。

 

中でも最近私がよく出会うケースは虫歯が痛み出したり、目の不調を訴えられたりするケース。ただし、少しずつ調子が良くなって来られ始めると、むしろ「虫歯を治療したいと思います」とか「目の不調を眼科で見てもらおうと思います」というように、どちらかというと前向きに治療したいという意欲が湧いてこられるようです。



 

すべての症状がそうだとは言いませんが、私はそれぞれの症状にはやはり意味があると思っています。

 

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行動・からだ・イメージ・ことば ③ 身体の不調

さて心のエネルギーが沸騰してあふれ出んばかりになった時に、人はそのエネルギーを他の誰かや他の何かにぶつけることで行動で処理すること、そしてそれは必ずしも自分で能動的に行う(陽性の行動化)だけでなく、他の人を巻き込んで他の人に肩代わりさせる(陰性の行動化)こともありうる、と言うようなことを書いてきました。


しかしある程度心のエネルギーを治めれるようになって来たら、次は容器としての身体のレベルの表現に代わってくるようです。もちろん行動⇒身体と直線的に変化していくわけではないでしょうが、大まかに言ってエネルギーが溢れるのを容器としての身体が受け止められようになってくることが多い、と言っていいのではないでしょうか。


身体が容器になるということは、ある意味ではとても健全なことです。というのは、身体で表現しくれれば、どのような状態にせよ、周囲の人が関わりやすくなるからです。

「痛み」「痒さ」「悪寒」「発熱」「湿疹」・・・等々どのような症状でも、周囲からわかりやすので「大丈夫?」「ムリしないでね」「大変だね」等々の優しいいたわりが自然に集まってきます。


そう考えると学校の保健室やかかりつけのなじみの病院などは大切にしたいものです。

よく「保健室ばかり行くな!」といわれる先生や保護者もいらっしゃいますが、やはり必要があるから行くのでしょう。それが身体のケアであっても、心のケアであっても。


ただし気をつけなくてはいけない点もないわけではありません。

それについてまた次回。

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行動・からだ・イメージ・ことば ② ~行動について、その2~

さて、からだのレベルに行く前に、もうちょっとだけ「行動のレベル」について。


前回のコラムでは、

「自分の中に納まりきれないあふれる心理的エネルギーを、まず行動としてを自分以外の物や他者にぶつける」と書きましたが、この行動については大きく分けて2種類あるように思います。

一つは問題行動や暴力などのわかりやすい攻撃的な行動。これを仮に「陽性の行動化」と呼ぶと、一方で「“何もしない”ことをあえてする 」という「陰性の行動化」と言うような状態もあります。


例えば「学校へ行かない」ということを「親を困らせる反抗の手段」としてするような時です。または、自分を自虐的に傷つけることで周囲の人に罪悪感を持たせると言うような場合も同様です。こういう攻撃性は「受動的攻撃性」ともいわれます。


これはなかなか厄介ですが、ここまで行くまでに、素直に自分の気持ちを行動で表現しても効果がない、と言うような段階や、自分の思い通りに相手を操ろうとする屈折した手段として使われます。


そう考えると、まだ直接能動的な攻撃性で表現してくれる方が対応はとりやすいとも言えますね。


考えてみれば、攻撃性というのは決して破壊性と同じ意味ではなく、何か対象に向けてエネルギーを注ぎ込むことを言います。ですから女性が男性にプロポーズさせるために、じっと待ち続けながらそれとなく誘い込んだりするのも、受動的な能動性であるわけです。


「飛んで火に入る夏の虫」というわけではないですが、プロポーズはともあれ、知らない間に「陰性の行動化」で反抗してくる子どもの思うつぼ、にはまってしまい、ますます親の方が感情的になって事態をこじらせてしまう、という場合もあるので、皆さん冷静さを失わずに、くれぐれもご注意を!


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行動・からだ・イメージ・ことば ① -行動-

様々な方とお会いしていると、いろいろと気づかされることがあります。

その一つが「行動・からだ・イメージ・ことば」。

 

たいていの問題は、特に子供の場合は行動面での問題に端を発しますね。

たとえば学校に行きたがらない、とか、暴れだして困るとか。

そういう時には、周囲が「なぜそんなことをするの?」と理由を尋ねても、

はっきりした答えが返ってこないことが多いようです。

 

もっともはっきりした原因がわかれば、あまり問題としては深くならないで済みます。

周囲も対応を考えやすいからです。

 

ところが理由や原因がはっきりしない、あるいははっきりしてもなかなか対応が難しい時は周囲もどうすればよいか悩んでしまいますね。


こんな時は周囲があまり原因探しをせずに、行動の不調に波長を合わせてつかず離れずの落ち着いた対応を取れるようになると、なぜか今度はからだの不調を訴えてくることがあります。

行動がからだのレベルに収まってきたとでも言うのでしょうか。

 

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「今、何が起きているのか」がわかること

近畿地方を中心に、大きな台風が通り過ぎていきました。

皆さんのお住いの近くに被害は及びませんでしたか?


実は台風と、我々人間の悩みとは似ているところがあるのです。


それはまるで台風の直撃を体験するようなもので、真っただ中にいると前に進むことなどできず、荒れ狂う風に吹き飛ばされないようじっとしているだけで精一杯な状況に似ていますね。


そんな時、あなたならどうしますか?

たぶん多くの人が天気予報の台風情報を見るのではないでしょうか。


今台風はどこにいて、どのくらいの規模で、風速は何メートルぐらいなのだろう、と情報を集めます。そしてそれをもとに、自分のいるところにどのくらい影響があるか予想することで心の準備ができます。


さらに予想進路を知ることができれば、台風が今後どのように進むか知ることができます。


カウンセリングも天気予報や台風情報と似ています。

と、言うのは「今、自分に何がおきているのか?」あるいは「大切な人に何が起きているのか?」、これがわかるだけで、不安の半分は解消できると言うところが似ているのです。


今自分はこういう状態にいて、この問題は今後きっとこのように展開していくだろう、という情報をカウンセラーから得ながら、ご自分の心の準備と具体的な対応策を考えていくのです。


もし今、自分をいる状況が上手くつかめなくて、混乱されている方がいらっしゃるなら、

どうぞご連絡ください。

一緒にお話をしながら、いまの状態を整理して、今後の展開の予想と対策を考えましょう。


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お母さん、あなたは愛されているのです

「・・・もうどうしたらいいか分かりません。
 寝顔さえ可愛いと思えなくなってきました。
 助けてください・・・」


6か月を迎える自分の子どもがなかなか泣き止まず、
「なんだか、新生児の頃のおっぱいから始まり、

             この子は私を困らせる為に産まれてきたのか」、
・・・とまで思い詰めたお母さんのSOSがネットに載りました。
   ⇒ OK WAVE


それに対してさまざまな答えが返ってきたのですが、
その中でベストアンサーに選ばれた答えが次のような答えでした。

読んでいるうちに涙が出そうになってきました。

全文を載せておきます。


<< ママごめんね。


 おっぱいのむのヘタでごめんなさい。
 泣き虫でごめんなさい。
 お昼寝ちゃんとしないでごめんなさい。


 わたしママが好きなの。
 だからずっと起きていたいの。
 ママを見ていたいのずっと。

 パパはたまにしか抱っこしてくれないから、
 また抱っこしてくれるように笑ってあげないとね。


 ママといたら甘えて
   いつもグズグズになって
 ママが困ってるのわかるけど
   ママがかまってくれるのがうれしいの。
 ママとずっと一緒にいたいの。


 わたし、ママをひとりじめしたいの。

   他のママじゃいや。
 わたしはママが世界で一番好き。
 わたしのママは世界一優しい。


 わたしがもっとお姉さんになったら
   ママとおそろいのワンピースを着ておでかけするの。

 わたしがおとなになったら
   ママと親友みたいになるの。

 ママより背が高くなったら
 ママをおんぶしたいの。


   今は他の赤ちゃんよりたいへんでごめんね。
 でも、わたし、ママしかいやだったの。
 わたしね、ママをえらんできたの。


 ママ、わたしはまだしゃべれないけれど
   いつも目や手でママを大好きと言ってるの。


 ママ、大好き。
 ママ、大好き。


 ママ、産んでくれて、ありがとう。
 いっしょうけんめい育ててくれて、
 ありがとう>>


・・・・お母さんあなたは愛されているのです。

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もうダメだ、と思ったことはありませんか?

「・・・もうダメだ・・」と思ったことはありませんか?


そう思うに至った事情はそれぞれでしょう。

誰でも一生に最低1回ぐらいはそう思うことがあっても不思議ではありませんし、
そう思いながらも、何とか今に至っている、いや今この時がその状態だ、
といわれる方もいらっしゃることでしょう。


今日紹介する動画の岸田ひろ実さんも、本当に「もうダメだ・・・」と思われた一人でした。


彼女は7年前のある日突然、「大動脈解離」という病気に襲われました。
そして、10時間にも及ぶオペの末になんとか一命はとりとめましたが、
胸から下の神経が麻痺してしまい、車いすの生活になってしまったのです。


それでも彼女は娘さんに励まされ、元気を出して生きていこうと思って
娘さんと一緒に繁華街へ買物に出かけたのですが、
そこで遭遇した状況は彼女の想像を超えるものでした。


そこから岸田さんがどういう経過を経て、今の状態にたどり着いたのか
ご本人のお話が動画に収められています。
ご覧ください。

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スペクトラム・グラデュエーション・ダイバーシティ

「スペクトラム」・「グラデュエーション」・「ダイバーシティ」これらの言葉を聞いたことがありませんか?

この3つの言葉に共通することは、「様相の豊かさ」「幅広く性質の異なるものが存在すること」と言うような意味合いでしょう。


「スペクトラム」や「グラデュエーション」と言うような表現は自閉症の様相の幅広さを表しているし「ダイバーシティ」という場合は、LGBTなどの性的なあり方の多様性を意味する時に良く使われます。

LGBTの場合色々なあり方を認めると言う意味で「レインボー」が使われる場合もあります。


いずれにしても、物事の在り様が「黒か白か」と言うような単純な区分が適当ではない、ということなのです。


考えてみれば当たり前なのかもしれません。

もともと言葉を使って「意味を確定」し、「ある概念と別の概念を区別」したのは人間の意識的な操作によるものだからです。


だから自然そのものを「光と闇」とか「上と下」「善と悪」のように2分化すること自体、無理があるのです。


現代では一体何が「善と悪」なのか、さえ立場や教義によって異なってきています。

昔のように世界を包括する価値観のような「大きな物語」ですべてを説明できる時代ではないのでしょう。


しかしこのように意識的な境界が揺らいでくると、必ずある種揺り戻しや不安が襲ってきます。昨日起きたアメリカでの白人男性による黒人射殺事件や、どこかの国の首相のように仮想敵国を作って対立や戦争不安を煽って利用する動きも出てきます。


私たちは今こそ、このダイバーシティ(多様性)の在り様の中で、単純な2分化の誘惑に流されず、しっかりと足を踏ん張って自分個人の考え方を考え抜くことが求められているのかもしれません。

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いじめが及ぼす影響は成人しても続く

ネットを見ていると、イギリスで18歳の時点でうつ病を患っている人の30%近くが、10代の時に受けたいじめが原因でうつ病が発症した可能性があるという研究が報告されたそうです。

 

さらにその報告では、

13歳のときに、少なくとも週に1度はいじめを受けていると答えた683人のうち、15%近くが18歳のときにうつ状態にあったそうで、いじめを受けた経験のない10代に比べると、この割合はほぼ3倍だったといいます。

 また、頻繁にいじめを受けていた人のうち、10%はうつ症状が2年以上続いていて、いじめを受けた経験のないグループの中では、うつ症状が2年以上あった若者は4%しかいなかった、と比較されていました。

 

本当にいじめの影響は深刻です。

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「人を信じる」ということ <2>

前回、例に出したように、


子どもがよく高いところに登ってしまって、

怖くなって自分の力で降りることができなくなった時

お母さんやお父さんが

「○○ちゃん、お母さん(お父さん)がここで受け止めてあげるから、そこから思い切って飛び降りなさい」

と言って両手を広げるのを観て

子どもは怖い気持ちを何とか我慢して、思い切って

お母さん・お父さんの腕の中へ飛び降りていくのです。


それは子どもがお母さん・お父さんを心から信じているから。


でももし信じていたお母さん・お父さんがクルッと後ろを向いて

その結果、大怪我をしてしまった子どもは、一体子どもはどういう気持ちになるでしょうか?


当然子どもは地面にたたきつけられて大怪我をしてしまいます。

それだけではありません。

自分が疑うことなく信じていた人に裏切られた気持ちは

その後他人を信じることができないという「心の大怪我」を追ってしまうのです。


「飛び降りる」というのは一つの例ですが、

子どもは親に対して無条件の信頼を置いています。

そうしなければ一人では何もできない存在であることを自分で知っているからです。


親に裏切られた思いを抱いた子どもは、

残念ながら成長しても人を信じることができなくなってしまいます。


それは「もしこの人を信じて心を開いてしまったら、きっと裏切られて、また傷つくに違いない」という疑心暗鬼からです。


「人を信じる」ということは、人間関係の一番根底にあり、一番大切で、

そして実は一番難しいことでもあるのです。


面接に来られる多くのクライアントの言葉を聞かせていただき、

そしてその背後ににあるさまざまな思いを感じ取りながら、

色々なことを考えさせられる毎日です。


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「人を信じる」ということ<1>

「人を信じる」ということ。


最近いろいろな人からお話を伺う中で、よく耳にする言葉に

「私は人を信じることができない」と言う言葉があります。


「人を信じる」ってどういうことだろう?


子どもがよく高いところに登ってしまって、

怖くなって自分の力で降りることができなくなってしまうことがあります。


そんな時に近くにいるお母さんやお父さんがどうするか、というと

「○○ちゃん、お母さん(お父さん)がここで受け止めてあげるから

そこから思い切って飛び降りなさい」と言って両手を広げてあげるのではないでしょうか。


それを見て子どもは怖い気持ちを何とか我慢して、

思い切ってお母さん・お父さんの腕の中へ飛び降りていくのです。


それは子どもがお母さん・お父さんを心から信じているから。


でももし信じていたお母さん・お父さんがクルッと後ろを向いて

その結果、大怪我をしてしまった子どもは、一体子どもはどういう気持ちになるでしょうか?


<続く>

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スカイプによる面接ができるようになりました

以前から、「来室したいのだけれど遠距離で通えない」というお声や、兵庫県以外の他府県からのお問い合わせもあったのですが、なかなか踏み出せずにいた「スカイプによる面接」にいよいよ取り組むことになりました。


私自身は直接の対面相談の経験が中心なのですが、この時代、さまざまな手段でご相談に応じることも必要かと考え直しました。


特に周囲になかなか適当な相談機関がない地域や、あっても足を運ぶのは地域の目もある等のお悩みをお持ちの方は、どうぞご連絡ください。


電話相談と違い、お互いの顔も見れるし、なにより通話料は無料になるところがメリットです。また交通費がかからないのもメリットの一つでもあるでしょう。


面接の方法や料金等は、直接来室される場合と同じです。


ご質問や予約については、当HPの予約フォームを利用されるか、電話で申し込みされても結構です。


スカイプ面接の開始のお知らせでした。


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人の振り見て、我が振り直せ

「人の振り見て、我が振り直せ」と言う言葉があります。

「振り」とは「振り付け」などとも言うように、動作のことですが、人の振る舞いを見て、自分自身を振り返る鏡にせよ、と言う意味でしょう。


言い換えれば、自分の力だけで自分自身を変えていくことは、

大変難しいということでもあります。


自分のことはなかなか自分では気が付かない。

気が付いてもそれが周囲にどう映っているかは、なかなか自分自身では見えないものです。


だから人の姿に自分を見つけて、まざまざと自分自身を振り返ってしまうのです。


カウンセラーなんかをしていると、さまざまな年齢や状況に置かれた人に出会わせていただきますが、実はそのたびに自分自身を振り返ってしまいます。


例えば不適応を起こした小学生や中学生と接していると、

「あぁ、自分の中にも同じような子どもの部分がある。この子どもの部分を今の自分はこの年になっても相変わらず引きずっているんだ」とか。


高校生や大学生と接していると

「今の自分はこれからどうなって行くんだろう。自分が本当にやりたいことは何なんだろう。この年になっても、今後まだ自分は自分の世界を広げていけるんだろうか」とか。


大人の方と接していると

「果たして自分は自分らしく生きているのだろうか。自分の本音を無理して抑え込まずに、自分らしく、しかも周囲と上手くやっていく生き方はないだろうか?」とか。


カウンセラーは人の悩みにお付き合いする職業なんていいながら、結局皆さんのお話を聞かせていただきながら、自分自身を振り返らざるを得ない職業なのです。


結構大変ですよ。

でも考えてみれば、自分(カウンセラー)が変わらずして相手の人(クライエント)だけに代わってもらおうなんてのは、虫の良すぎる考え方かもしれません。


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5月病・6月病にご用心

「5月病」と言う言葉を聞いたことがあると思います。

最近では6月病も合わさって使われるようになり、新年度当初の精神的な不調が広がって来ているようです。

 

実は私は大学のカウンセラーもやっていて、4月~6月には多くの新入学の学生と面談をしています。その中で良く聞く言葉が「気が付いたら、もう周囲はそれぞれグループができていて、その輪の中に入ることができない」と言う言葉です。

 

いわゆる「(ひとり)ぼっち」の現象です。今の学生にとっては、LINEなどのやり取りを含め、仲間の輪に入れないということは重大危機なのです。


5月病・6月病と言われるのも無理ありません。

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『「もっと頑張りなさい」と子どもを叱っても、自立する力は向上しない』という研究報告が!

「もっと頑張りなさい」と保護者が子どもを叱って励ましても、自立した生活を営む力は向上しない、という研究報告を国立青少年教育振興機構が発表しました。

 

具体的には公立校の小学4~6年生、中学2年、高校2年の約1万7千人と、小4~小6の保護者7800人から、「自分と違う意見や考えを受け入れる」「ナイフや包丁でリンゴの皮をむく」「上手に気分転換する」などを「生活力」と位置づけて、体験活動や保護者の関わりとの関係を見たということです。

 

すると、小4~小6では「もっと頑張りなさい」など、保護者が叱咤激励する度合いが高くても、生活力に違いは見られなかった、とのこと。


それに比べ、保護者が自分の体験を話したり、「山や森、川や海など自然の中で遊ぶ」といった自然体験や家の手伝い、読書などをしたりする子どもほど生活力が高かったということです。

 

う~む、考えさせられる結果ですね。

 

「ガンバレ!」と言われても、何をどうガンバレば良いのか、具体性がないと子どもも困ってしまうでしょうしね。やはり具体的に、親が見本や体験を示しながら体験させることの方が実感が伴うでしょうね。

 

結局、頭でデッカチでは、ダメだ、ということでしょうね。

 

え?

いや、子どものことではありませんよ、親のことですよ。(^^;)

 

 

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ライフハック<1> 「TO DO LIST」をつける

最近、よく「ライフハック」と言う言葉を見かけるようになりました。

簡単に言うと、生活の知恵、工夫みたいな意味でしょうか。

それらの文章を読むと生活を上手く回していくための、さまざまな知恵や工夫が

語られています。

 

少しの工夫で、毎日が過ごしやすくなるのならこれに越したことはありませんよね。

そこで私の見聞きしたものや、私自身が実践してみて

「これは良い!」と思えたライフハックをいくつか紹介します。

 

皆さんも「こんな方法がある」「こんな工夫がある」ということがあれば

是非教えてください。みんなで共有しましょう。

 

さてその最初は「TO DO LIST」と言われるもの。

その日に「やるべきこと」を書き上げてリストにしていく、ということです。

 

そんなことならもうやっている、という方も居るでしょうし、

かなりポピュラーになってきた方法です。

 

私はそのリストのためにこんなリスト用紙を自分で手作りしました。

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4月の箱庭療法勉強会が終了しました。

平成27年度の箱庭療法勉強会がスタートしました。

第1週目のグループが4月5日に、第3週目のグループが19日でした。

どちらも熱心なメンバーの参加のおかげで、中身が深まったと思います。

ありがとうございました。

 

今年度は、なぜか第3週目のグループへの応募が多く、

第3週目と比べ第1週目のグループにまだ余裕があります。

 

もし投影法の勉強をしてみようと思われている方がいらっしゃれば

どうぞ第1週の方にご応募ください。

 

皆さんと一緒に勉強させていただくことを楽しみにしています。


*ちなみに5月の第1週勉強会は、5月3日は連休のため、5月10日(日)となります。

 第3週は、予定通り17日(日)です。お間違いのないように!

 

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まだ間に合います。箱庭療法勉強会。

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まーくんは今もここにいる「学校へ行けない僕と9人の先生」

「僕」は小学校1年生の時に担任の先生から体罰を受けたことをきっかけに
学校へ行くことができなくなりました。


そこから続く困難な日々。
「学校へ行かなくてはならない」と頭ではわかっていても
こころは「行きたくない」と叫ばずにはいられない少年「まーくん」。



今話題の自伝コミック「学校へ行けない僕と9人の先生」です。



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傲慢性(?)人格障害???

先日、大韓航空の「ナッツ・リターン事件」がメディアをさわがしましたが、この副社長の女性の傲慢な態度にちょっとビックリした人も多かったでしょう。


そのような傲慢な態度を平気で取る人が最近の多いのか、なんと英国で「傲慢学会」とも呼ばれている会議が開かれたそうです。


2012年から英国で開いている国際会議で、昨年は欧米の脳外科医、生化学者、精神分析医、経営・組織学などの専門家ら、約300人が集まったということです。


へぇ~~(+_+)


そしてそこで、なんと傲慢さは人格障害の一種だという説まで。


会社のトップが助言に耳を傾けず、冷静な判断ができなくなって経営につまずく。

これを「傲慢症候群」と名づけ、病気ではないが「権力の座に長くいると性格が変わる人格障害の一種といえる」という人までいるのです(朝日デジタル)。


確かに最近日本でも家具店の老舗、O家具店の会長と社長の実の父娘のケンカを見ていると、「なんだかなぁ~、この人たち・・・ちょっとなぁ・・・」と思わされますね。


「傲慢性人格障害」か・・・

次のDSM6に登場するかも、ネ。

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平成27年度 オフィス岸井「箱庭療法勉強会」参加希望者の募集について

オフィス岸井では、昨年度に引き続き今年度も「箱庭療法勉強会」を開催します。

以下の内容をお読みの上、参加希望される方はご連絡下さい。


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なぜ、こんなことが・・・

川崎市の中学生の殺害事件がテレビやネットで報道されています。

まだ犯人もわかっていないし、その事情も詳しくはわかっていませんが、

ただただ浮かんでくる言葉は「なぜ、こんなことが・・・」。

 

以前私は犯罪被害者の支援組織にしばらく参加していたことがあります。

そこに参加されている被害者の遺族の方の中で、

やはり子どもさんを、同年代の仲間に殺害されたという被害に合われた方がいらっしゃいました。

 

その方のお話しを聞かせてもらったこともありました。

 

この種の事件のみならず、

事故や災害や病気で身近な家族を失われた方もいらっしゃることでしょうが、

その哀しみは消えるなどと言うことはないでしょう。

 

しかしそれにしても、人の死はやはり年の順に訪れるのが自然でしょう。

事件や事故、災害や病気など様々な理由があったとしても、

親よりも子どもが先に死を迎えてしまうという事態は

残された者にとって非常につらいものだと思います。

 

ご家族を含め、関係の皆さんに心からお悔やみを申し上げるとともに

早く犯人が捕まって事実関係がはっきりすることをこころから望みます。

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2月の第1週箱庭勉強会が終了しました

2月第1週の箱庭勉強会が終了しました。

今年度の第1週グループは、残り3月の1回で終了となります。

さて、そういう時期に来て、一度これまでをまとめる意味で、箱庭療法についての簡単なまとめの時間を取りました。

 

箱庭療法の実際、歴史、解釈の基礎、事例という具合にパワーポイントで見てもらいながら

研修をしました。

 

なお、今回の内容は第3週のグループでも同じ内容をお見せします。

 

後残り数回ですが、どうぞよろしくお願いします。

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漫画「旦那さんはアスペルガー 奥さんはカサンドラ」

『旦那さんはアスペルガー』シリーズを書かれている漫画家野波ツナさんの実録ドキュメンタリー漫画(?)「旦那さんはアスペルガー奥さんはカサンドラ」。


これまでの『旦那さんはアスペルガー』シリーズでは、主に旦那さんの様子や特性や対応の仕方について描かれていましたが、今回は旦那さんよりも奥さんの(つまり野波ツナさんの)状態についてかかれています。


タイトルにある「カサンドラ症候群」というのは、正式な疾患名ではなく、パートナーが発達障害の場合の家族が陥りやすい状態を指した言葉です。


「カサンドラ」というのはギリシャ神話の中でアポロンに愛され、アポローンの恋人になる代わりに予言能力を授かった女性の名前なのです。


しかし皮肉なことに、カサンドラはその予知能力で

アポローンの愛が冷めて自分を捨て去ってゆくという未来を見ることになってしまいます。


もし皆さんがカサンドラのように未来が見えて、

しかもそれが最悪の結果を引き起こすと知ってしまったら、どうされますか?


当然カサンドラも悩みましたが、結局自分の予知能力を信じ、

アポローンの愛を信じられなくなりました。

そして、彼を拒絶してしまうことになったのです。


ところが、それに怒ったアポローンは、カサンドラに対し

「カッサンドラーの予言を誰も信じないように」という呪いをかけてしまったのです。


そういう話から、「真実を知ってそれを周囲に伝えても信じてもらえない人」の代名詞として使われるているということです。


野波さんの旦那さんのように受動的なASDの方は

対外的には穏やかで温和な人だと思われることがあります。


しかし一緒に暮らす時間が長くなり、実態に気が付くと

「穏やか」というが「人の気持ちを理解できていない」からだということや

「温和だ」ということが「自分の気持ちをうまく表現できない」からだ、

あるいは家事を手伝ったり協力してくれる「やさしさ」が

相手の人のことを思いやってのことではなく、

単に「決められたことはきちんとこなさなければ気が済まない」というこだわりや

秩序重視の性格の結果だったりすることに気が付かされてしまいます。


そしてそういう「美しき誤解」から目が覚めた時に、陥る孤独感や虚しさを

周囲の人に話してもわかってもらえない「孤立無援感」こそ、カサンドラ症候群の主な症状でなのです。


このような状態からツナさんがどうやって抜け出しつつあるのか、そこに至るまでの20年近くにわたる経過を描かれている作品です。


夫婦に限らず、ご家族の皆さん、あるいは身近な関わりを持たれている方々にはとても参考になる作品だと思います。


興味を持たれた方はゼヒ一度本屋で手に取って見られてはいかがでしょうか?

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自己暗示としてのアファーメーション(断言法)

アファーメーションというのを最近自分でもやっています。

日本語にしたら「断言法」とか「自分への肯定的な宣言」などとか言うらしいです。

簡単に言えば、自分の目標やこうなりたいという将来の自己イメージを、肯定的に断言するという取り組みです。

 

アメリカでオバマ大統領が選挙のフレーズとして「YES, WE(I) CAN!」と言うようなフレーズを使いましたが、あのフレーズはお決まりのフレーズですね。


ああいうような短く、肯定的で、自分に自信をもたらすようなフレーズを繰り返し語り掛けることで、いわば自己暗示にかけるのです。

 

色々コツをネットで調べていると、どうやらこういうコツがあるようです。

<アファメションを作る時のコツ>

①必ず、現在形で

 つまり、すでに夢がかなっている、という文章にするのだそうです。

   例をあげれば

  「私は頑張って○○ができるようになりたい」ではなく

  「私は努力を重ねて○○ができるようになっている」

  という感じかな。

②短く、肯定的な文章

  何度も何度も繰り返すことが必要なので短い方が良いそうです。

  声に出してもいいし、書くだけでも良いらしいので

  私は毎日手帳に15回同じフレーズを記入しています。

③主語は「私は」にする。そして本気で自分に言い聞かせる、これが大切。

 

あとはやはりこの宣言を繰り返し、繰り返し、唱え続けることが大切。

「自分はこうなっている」と言い続けることで、なんだか本当に気持ちが前向きになってきますよ。

 

さて、「一体お前は何をアファ―メションしたんだ?」って??

それは秘密です。

夢がかなったら教えてあげるから、ネ。

最後にジェシカのアファメションと言う動画(日本語字幕つき)が載っているサイトを紹介しておきます。

 「元気をもらえる・・・何だって出来ちゃう気がしてくる超絶プラス思考な女の子」

ホント、元気出ますよ!!

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長く、曲がりくねった道

時に人生は 長く急な坂道のようだ、と。
さらに曲がりくねっていて、登りきったところに新たな光景が開けていることを信じながらも
いつまでも続く長い坂を見ていると、どうしようもない気持ちに襲われてしまう。

この坂道をどうやったら登りきることができるだろう。

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心と現実の関係は「49対51」<続>

前回「心と現実の関係は49対51」というタイトルで文章を書き始めたのですが、

気が付いてみると自分の部屋の大掃除の件で終わってしまいました。

いや本当はそんなことを書きたかったわけではなかったのですが"(-""-)"

 

気を取り直して再挑戦。

 

何を書きたかったかというと、私たちの日常生活は毎日それほどスッキリと割り切れないということなのです。

「ああしたい、こうしたい」「ああなってほしい、こうなってほしい」とさまざまな思いはあるのだけれど、現実はそう完璧にはいきません。

それでも生きて、日々を過ごしていかなければいけません。

 

そういうふらふらの綱渡りを何とか渡りきろうと、

日々、あたふたしながら過ごしているのが日常でしょう。

 

しかしある時、何かの思いにとらわれて、綱渡りの綱から落ちそうになった時、

人は不安を払しょくしてくれる理想のイメージにしがみついてしまいます。


こういう時は「こうあってほしい」という心が100。

とてもうけいれられない現実は、0。

 100対0です。

 

しかし冷静に考えてみれば、

そんな理想的な現実が簡単に、願いどおりにもたらされるわけもありません。


少しずつ、少しずつ100の願いと0の現実の折り合いをつけながら、

バランスを取って、何とか現実が51になるのを待つしかないのです。

 

少しずつ落胆しつつ、現実の歩みを進めていく。

今日もまた一歩、明日もまた一歩。

昔の歌にこんな歌詞がありました。

 

「汗かき、べそかき、歩こうよ

    千里の道も一歩から始まることを信じよう」

 

 

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こころと現実の関係は「49対51」

故河合隼雄さんの言葉に「心の中のことは49対51であることが多い」という名言があります。確かにそうですね。子どもが自分の親のことを「クソババア」とぼろくそに言ったり、どれだけひどい親なのかを訴えて来る時がありますが、しかし時間をかけてよ~く話を聞いてい見ると案外親の言うこともしっかり納得していたりします


実は自分の心の中では、親の言わんとすることも一理あるとわかっていながらも、同時に「そうじゃないだろ。違うんじゃないか?」と言う気持ちもあり、その葛藤に揺れていると言えるわけです。


そんな時に子どもの揺れる心を察することなく、単純に「こうあるのが正しい!」と一刀両断に切りつけると、微妙な心の揺れが怒りとともに大津波のように沸き起こってくるのです。


さて、同じような意味で最近私は、「心と現実の関係も49対51」ではないか、と思っています。

どちらが49でどちらが51と言うのではありませんよ。

49対51ぐらいの微妙な関係で私たちは揺れ動いて生きているのではないか、と思うからです。


「したくてもできないこと」

「したくないのにしなければならないこと」

「できないからしたくなること」

「できるけどしたくないこと」

もちろん「したくないからできなくなること」もあるし

「したいと思っていたらできるようになった」こともあります。



さて年末を迎え大掃除の季節。

「しなければならない、といわれると、したくなくなる。

 めんどくさい。シタクナイ。

 ・・・けど、したほうがいいよなぁ~」

自分の部屋を見渡すかぎり、

「大掃除すべき」という現実の方が51のようです。


⇩このたまりにたまった本をどうしよう(>_<)

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自分自身に軸を置いた生き方

色々な子どもや大人と関わっていると本当にさまざまなことを考えさせられます。

特に最近よく出会うのが、「周囲が自分のことをどう思っているか」が気になって仕方がない若者たちです。


ある子どもは、お店で自分の服を選んでレジで支払いを待っていると、並んだ列の後ろから「あんな服、全然に合っていないのに・・」などと言うような声が聞こえてくるような気がしてしまう、と言います。もちろん実際に聞こえていないことは自覚しているので、幻聴ではありませんが、どうしても周囲が自分をどう思っているのか、が気になるのだそうです。


そういう場合たいてい悪い方への思い込みですね。

あんまり「自分はどんな服を着ても似合うので気を悪くしているのではないか」と言うようなベクトルではないようです。


「人が自分を悪く」言うと思うのは、「自分自身に自信がないからだ」とも言えますが、もひとつ裏返せば「自分が思っているほど、周囲は自分をほめてくれない」から、傷つくのだとも言えます。


その不満があからさまに周囲へ向けられれば、自己愛タイプだとわかりやすいのですが、周囲へ向けられずに自分へと向けられると「どうせ私なんて嫌われているんだ」と屈折したうつ状態になってしまいます。


しかしどちらのタイプにしても、結局「自分が相手からどう思われるか」という点が自分自身の評価を下す点では同じ。


「相手が自分のことをどう思おうと、自分は自分だ」と自分自身に軸を置いた生き方・考え方ができるようになれば、かなり生きやすくなるのですが、なかなか難しいようです。

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上手く行かない時はとりあえず、その方法をやめて、変えてみる。

最近いろいろな相談場面で繰り返してお話することがあります。

それは

①今やっている方法で上手く行っている時は、それを続けましょう。

②上手く行っていない方法は、それ以上続けないで、キッパリやめるか、別の方法に変えましょう。

③過去に上手く行っていた方法があれば、それをもう一度やってみましょう。

 

この3点です。これは勿論私のオリジナルではなく、解決指向型ブリーフセラピーという技法の中で言われている原則です。

 

不登校の子供の言動にいら立ちを隠せないお母さん。

どうしてもがみがみと言ってしまうことがやめられません。

 

ほとほと困って、一体どうすればいいんだろう・・・・・・と行き詰った時に

「上手く行っていない方法をいくら繰り返しても、多分変わりませんよ。お母さんのお子さんを思う気持ちや心配な気持ちをどう伝えればよいか、今までと違う方法を考えてみませんか?」と一緒に考えていく時間を作りました。

 

もちろんどんな子どもにでも、あるいはどんな状況や問題にも効果がある万能薬みたいな方法はないでしょう。

 

だからこそ「今のこの子にはどんな方法をとるのが一番気持ちが伝わるだろう?」と頭をひねって工夫をするのです。

 

こうやって今の方法を変えてみようとい気持ちになることが、今の行き詰った状況に変化をもたらすきっかけになるのかもしれませんね。

 

 

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12月第1週の勉強会が行われました。

☆☆☆☆☆☆☆発達障害・不登校・不適応等のお悩みに☆☆☆☆☆☆

    

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日本聴覚障害者心理協会 11月定例会(関西)が行われました。

昨日、オフィス岸井にて「日本聴覚障害者心理協会」の11月定例会が行われました。

本来関東を中心に活躍されている団体で、どういう活動をされているかというと

 

「私たちの団体をわかりやすくいうと、「聴覚障害者と聴者(健聴者)がともに聴覚障害心理(臨床)と心理カウンセリングなどの専門支援について学ぶ団体」です。
  3ヶ月に1回の頻度で行われる定例会を含むいくつかの活動プロジェクト(会員のための勉強会、国内・海外研修視察、心理臨床研究、啓発活動など)があり、理事を含め、およそ40名の会員と一緒に活動しています。」(同協会HPより抜粋)

 

ということです。以下はその様子。(グループで箱庭を作成しました)

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11月第3週箱庭勉強会が終了しました

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JIJICOに記事をアップ「子どもが嘘をついた・・・どう対応すべき?」

昔「君が嘘をついた」というテレビドラマや曲がヒットしましたね。

この場合、ウソをついたのは「君」で、嘘をつかれたのは男性の「僕」という事でしょうが、恋愛関係なんて、ある意味「ばかしあい」と言うところもありますから、まぁお互い様かもしれません。


それにしても世の中嘘が氾濫していますね。
政治家の発言なんて額面通り信じていたら大変な目に合いそうだし、天才作曲家から科学者の最先端研究まで疑惑がもたれるようになると、一体何を信じていいのやらわからなくなります。

しかし「嘘」というのはそういった身勝手なものだけではないでしょう。
自分の身を守るために、どうしてもつかざるを得なかった嘘もあります。


東京で登校途中の小学6年の女児が「男からすれ違いざまにトレーナーを切られた」と学校に報告した事件がありました。
結果的に女児の狂言だったことが判明し、事件ではなかったのですが、女児は「トレーナーが破損し、親にばれるのが怖かった」と説明し、反省しているといいます。

「嘘はいけない」の一言で済ましてよいのかどうか、ちょっと複雑な気持ちになりました。


さて、子どもにとって「嘘」はどういうものなのでしょうか?

そして大人は「子どもが嘘をついた時、どう対応すればよいのか?」


JIJICOに私の考えをまとめましたので、興味がある方はどうぞご覧ください。


【子供が嘘をついた・・・どう対応すべき?】JIJICO

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11月第1週の箱庭勉強会が終わりました

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10月第3週箱庭勉強会が終わりました

10月第3週の箱庭勉強会が終わりました。

本日もメンバーの作成した箱庭について色々話し合いをしました。

今日の象徴は「ふくろう」「池」「ピアノ」「キツネ」「音楽」「森」「人との関係」などなどでした。


最近、新しく仲間に加わった方が数名いらっしゃいます。

メンバーの皆さんはそれぞれ、ご自分の専門分野やカテゴリーで絵やコラージュ・箱庭等の投影法的な関わりや、人間理解の必要性を感じていらっしゃる方ばかりです。


どうしても私が中心にお話しさせてもらう時間が長くなってしまいがちですが、皆さんのご意見を活発に交わして活気のある会にしたいと思っています。


今日、あるメンバーの方が

「最近少しずつ箱庭に慣れてきて、感じがつかめたようだ」「周囲の人を見て、あぁこういう人なんだ、と感じるようになった」と感想をおっしゃってくださいました。


投影法はなかなか感覚を身に着けるのは時間がかかる方法ですが、一度感覚というか体感みたいなものを身に着けてしまうと、非常に便利で現場で有効な方法です。


箱庭が初めての方でも、どうぞ興味のある方はご参加ください。まだ若干の余裕はあります。

メールをいただければご案内させていただきます。

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10月第1週箱庭勉強会が終了しました

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壮絶ないじめられ体験を歌声にのせた2人の少年!

イギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」。この番組は、かのスーザン・ボイルやポール・ポッツを見出したことで有名な人気番組ですが、その番組に出演した少年ラップユニットの「バーズ・アンド・メロディ」が、観客を感動の渦に巻き込みました。


歌詞の内容は日本語字幕でわかる通り、レオンドル君(13歳)が受けたいじめ体験です。その様子を知ったチャーリー君(15歳)が彼と仲良くなり、この歌を作ったそうです。


歌詞の内容もさることながら、2人の熱演に感動の嵐を起こしていく観客が凄いですね。


人は決して孤独ではないことを証明してくれたシーンでした。

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自分の言葉でラップに載せる、これまでの生き様  GOMESSさん

最近はさまざまな分野で、発達障害の人たちが活躍の様子がメディアに取り上げられるようになりました。
マンガなどが一番ポピュラーでしょうが、今回は音楽の分野、ラップミュジシャンのGOMESSさんのMVを紹介します。

まだく、あまり言葉で自分を表現するのが得意でないとテレビのインタビューでおっしゃっていた彼ですが、
ラップのリズムに乗ると生き生きとしています。


しかし歌詞は、幼い頃い思い出から、発達障害と診断されて以後、現在までの生き辛さを表した内容で、胸が詰まります。

まずは動画をご覧ください。

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発達障害児・者の異性への関わり方について

最近いろいろと考えていることの一つに、発達障害児・者の皆さんへ異性との関わり方についてのヒントを上手くまとめることはできないだろうか、と言うことがあります。

 

相手の気持ちを読みにくい、などと人間関係の持ち方について、色々と苦労をされている皆さんにとっては「異性との関わり方」は、予想以上に難しいようです。

 

一般的な人間関係の持ち方が「基本問題」だとしたら、異性との付き合い方は「応用問題」並みのむずかしさでしょうね。

 

なにしろ「かけ引き」やら「深読み」やら言葉の裏の気持ちを読みとることが恋愛成功のコツであったりするわけですからね。

そしてしつこく深追いすると、逆に嫌われたりして・・・。

別に発達障害児・者でなくても、恋愛と言うのはかなりの難問なのですよ。

 

「夫婦の問題」となると少し趣が違ってくるので、今考えているのは独身の方々への「おせっかい」的な内容を考えています。

まとまり次第少しアップしてみようかと思っていますのでお待ちください。

 

男性の場合と女性の場合では、やはり違ってくるので色々と考えなければいけませんしね。

 

第一私自身、そんなに恋愛体験が豊富なわけではないので・・・(-_-;)

みなさんも、いろいろご意見があれば教えてください。


思春期・青年期の不登校・発達障害、成人の発達障害・不適応に

 カウンセリング・オフィス岸井

 ⇒ 電話:090-1243-9646  メールはこちらから

JR・阪神「元町」阪急「花隈」駅から徒歩5分、神戸市営地下鉄「県庁前」駅から徒歩4分


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9月第1週箱庭勉強会が行われました

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子どもしか見えない広告の動画

子どもにしか見えない広告がスペインで使われているそうです。

え!?なんで子どもにしか見えないのかって?

それは「子どもにしか見えない」のではなく「大人に見られないように」メッセージが込められているからなのです。

 

一体どんな広告か?それは次の動画をどうぞ。

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8月第3週箱庭療法勉強会が終わりました

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僕の中には「黒い犬」がいる・・・・

「ぼくの中の黒い犬」(I had a black dog)
といううつ病を描いた絵本をご存知でしょうか?

ぼくのなかの黒い犬
その絵本が動画となっていました。
まだご覧になっていない方はどうぞ。

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丸ごと愛される経験 <4>

さて、しばらく記事をアップしない間に、佐世保の事件は色々な情報が取りざたされるようになりました。驚くような内容も沢山ありましたが、その中で私は先に取り上げた「分断化・断片化」というキーワードに加えてもう一つ「解剖」と言う言葉をキーワードに取り上げてみたいと思います。

 

今回の事件の被害者は新聞等のメディアの情報によると腹部を切り開かれていたといいます。

 

もし遺体を処理する、犯罪を隠ぺいするという目的ならば、腹部を切り開く必要はありません。これは、やはり何らかの意味があるのでしょう。

 

象徴的にとらえるなら、「身体の外と内の境界線が失われている」と言う意味で、「現実的な判断」が失われている状態とも言え、病的なサインとも取れます。ロールシャッハの解剖反応のように。

 

しかしもう一つの見方としては、「表面に見えない部分を知りたい」とも取れます。つまり「内部を知りたい=表面に出ていない隠された本当のこと」を知りたい、と理解できるのではないでしょうか。

 

文字通り「腹を探って」「胸の中を知りたい」

 

加害者の父親に対する発言を見聞きしていると、どうも表面の発言と内面の本音とのかい離が見られるような気もします。彼女は現実世界においては自分自身も含め、表面的な世界だけで生きてきたのではないでしょうか。

 

一見優等生で、スポーツでも優秀。地元の名士で東大を目指す、と言う生き方は表面的には何ひとつ問題のない姿なのだけれど、果たして内面での本音の生き方をどの程度自覚していたのか。

 

金属バットの父親殴打事件や、給食への異物混入事件などは、表面的な生き方と本音の生き方の間にできた溝から衝動的な葛藤が噴出して、行動化した結果であると理解できるような気がしています。

 

健全な状態であれば、葛藤の衝動性は、寝ている間に見る「夢」や絵画や言葉の比喩レベルで「空想」といして象徴化されるわけです。そしてカタルシスや生きるエネルギーに変換されるわけですが、彼女の場合は「象徴化」が「現実行動」となってしまったのでしょう。

 

ここでも「部分ー全体」に加え、「表面ー内面」の軸における「丸ごと愛される経験」の不足を感じずにはいられません。

 

考えすぎだ、と言われるかもしれませんが、私の感想や理解を簡単にまとめさせてもらいました。如何でしょうか?

 

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8月第1週 箱庭療法勉強会が終了しました。

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丸ごと愛される経験 <3>

今回の佐世保の女子高生だけでなく、他にも殺人をおかしてその死体を損壊した事件は沢山ある。その理由として多くの場合は、犯罪の隠匿や死体の処理として行われるのだろうが、数は少なくてもいわゆる「不条理」なケースも見受けられる。

 

「不条理」と言う言葉を使ったのは、犯罪心理者の作田明さんの著書「なぜ、バラバラ殺人事件は起きるのか?」の中で一つの類型として挙げられているからそれを引用した。

 

この「不条理」ということを通訳すれば一般的・常識的な因果関係で死体損壊を意味づけられない、と言う意味だろう。

 

私はこう言うような「理屈でストンと納得いかない」犯罪状況については、「象徴的」な意味があるのではないか、と以前から思っている。

 

例えばなぜ、身体を部分化・断片化しなければならなかったのか?

これについては加害者自身が「部分化・断片化」されてきた苦しみを背負い続けてきたからではないか、と思うのだ。

 

自分と言う人間を「丸ごと愛してもらった」経験が少なく、たとえば「能力」や「言動」や「学力」や「社会的地位」などだけで人間を判断されてしまう経験が成育歴で大半を占めていなかったか?

 

特に親が子どもに対して、テストの結果やスポーツの結果や礼儀作法や社会的立場で人間を見切るような姿勢で接してきたのではないか?

 

人間は部分の寄せ集めではない。

「テストの結果が良い」ということや「スポーツの結果が良い」ということやましてや「親の地位が高い」とか「表面的な言動が礼儀正しい」ということで、その人そのものの存在を判断してはならないだろう。

 

私は特別支援教育に長く関わってきたので、先にあげた能力や環境や表面に出てくる言動だけで判断されれば、非常に立場の弱い、比較されれば「社会的弱者」などと言われかねない子どもたちの姿が目に浮かんでくる。

 

確かに、知的には低いだろう、身体も動かないだろう、経済的にも苦しいかもしれない、言動も社会的には受け入れにくい特性を持っているかもしれない。しかしだからと言って、その部分の寄せ集めが彼ら自身ではないのだ。

 

今回の事件を起こしたこの高校生の情報を耳にする度に、何とも無機質なイメージが湧いてきてしまう。

自分自身に対する無機質なイメージを、他人に対しても投げかけてしまったのではないか。

 

私は個人的にはもちろん女子高生と知り合いではないし、個人的な情報はメディアの範囲を超えるものはないので、一方的な思い込みかもしれないが、社会的には能力の高い、恵まれた家庭に生まれた人でありながら、丸ごとの自分を愛されてこなかったような、妙な哀しさとむなしさが彼女のイメージとして浮かんできくるのです。

 

<続く>

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丸ごと愛される経験<2>

昨日に続いて、いろいろ考えてみた。

 

「部分化・断片化」というキーワードで考えてみたが、この場合気が付くのは「身体」についてである。この場合、加害者は心と体を分離させて、ただ「身体の部分化・断片化」を図っている。

 

だからこういう事件の場合、すでに被害者だけでなく、加害者も「心と身体」は分離していしまっているのではないか。

もっと言えば、被害者と言う一人の人間の「心」を問題にせず「身体」だけを対象にしている。「心」はどこかに霧消してしまっている。加害者も同様だろう。

 

乳児が、差し出された乳房と自分を抱く両の手、自分にむけられた笑顔を一つの「母親」と言う人間として認知する時、決して「乳房」「両手」「笑顔」の「部分」を寄せ集めた「全体」として認知するわけじゃないだろう。

それらを総合して、しかもそれが一人の生き生きとした<魂>に総合・統合された存在として「そこに生きていて、自分を愛してくれる母親」を認知するのだと思う。

 

そしてそれと同時に、「自分」が単なる感覚や空腹の欲求だけの部分的な存在ではなく、一人の人間として<魂>によってまとまりづけられた存在だと感じられてくる。それがいわゆる自己同一性(自我同一性ではありません。自分と言う存在が確かにここにいる、と言う感覚をさしています)だろう。

 

<魂>などという単語を使うと、なんだか宗教じみた考えを持つカウンセラーかと思われるかもしれない。

しかし私は人間は心と身体を統合する働き(それをつかさどるのが<魂>だと私は思っているのですが・・)によって存在しているのであって、単なる部分の寄せ集めではないと思っている。

 

そういう私の考え方からすると、こういう身体だけを対象にしかも「部分化・断片化」する行いと言うのは、魂のレベルが抜け落ちて、心と身体が分離している状態だと思える。

 

心がどこかへ飛んで行ってしまっているのだから、知的な働きは機能していても罪悪感や被害者への共感や謝罪の言葉なども出てこないのは当然だろう。

 

では「なぜこんな状態に」なってしまったのか?

 

<続く>

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丸ごと愛される経験 <1>

再び佐世保で悲惨な事件起きた。

以前にも、今回と類似したような事件が小学校で起きている。

 

詳しいことは新聞の断片的な情報でしか伝わってこないのでよくわからないが、どちらの事件にも共通するのは「部分化・断片化」ということだ。

 

目の前に倒れた友人を自らの力で「部分化・断片化」する。

 

なぜだろう?

 

今回の事件から少し離れるが、人間を「部分対象」から「全体対象」へと認識していく発達の様子を指摘したのは、メラニー・クラインという分析家だった。

 

乳児は空腹と言う不快な感覚を感じた時、泣いてサインを発する。すると近くいた母親がほどなく乳房を差出し、乳児は乳首を口に含んで満腹になるまで母乳を吸う。この時乳児は母親と言う一人の人間を全体的に認識しているわけではなく、差し出された乳房だけを一つの部分対象として認識しているのではないか。

 

しかし次第に長ずるにつれ、差し出された乳房と自分をゆすってくれる両の手や視野に広がる笑顔が一つのまとまりとして全体的に認識できるようになる。

 

私の拙い理解から説明すると、部分対象から全体対象へと移る経過はこのようなものになるのではないかと思っている(もし専門の方で補足や訂正があればよろしくお願いします)。

 

なぜ?今回や以前のケース、あるいは神戸での少年Aの事件も、対象を「部分化・断片化」という認識の発達に逆行する方向へと行動するのだろう?

単に犯罪を隠すために行っている他の大人の犯罪とは異なる背景があるように思うのだ。

 

<続く>

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7月第3週目の箱庭勉強会が終了しました!

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最近読んだ本から<26> 「娘が学校に行きません」

少し以前に購入したコミック・エッセイ「娘が学校に行きません」

著者の野原広子さんの娘が実際に学校に行けなくなり、親子の焦りと学校の対応を描いた「感動の実録」と帯には書かれています。

目次を読むと

1章 娘が学校に行きません

2章 娘が学校に行けません

3章 娘が保健室に行き出した

4章 娘が教室に行けません

5章 まだまだ教室に行けません

6章 学校に行けました

 

と、言う具合に「お願い 今日一日だけ休ませて」の一言から始まって、学校に行けるようになる198日をコミック・エッセイで振り返られています。

 

 

スクールカウンセラーに行っていると、最近はあまりメディアで取り上げる回数の減った「不登校」ですが、どうしてどうして現状では大変多いことに気づかされます。

 

いろいろ背景があって、それぞれみんな違う事情なので、「不登校」とひとくくりにするのも意味がないような気もするのですが、行動面では「学校に行けない」「教室に入れない」「集団に入れない」と言うことは共通していますね。

 

さて、どうしたものか、思案に暮れる凡庸スクールカウンセラーの私ですが、はてさて「どこまで続く ぬかるみぞ・・・」と思いながら

とりあえず「焦らず・慌てず・あきらめず」「心配しても動揺はしない」とこころに言い聞かせて、彼ら彼女らと時を過ごしています。

 

この本は親の立場・視点で書かれているので、保護者のしんどさも本当に良く伝わってきます。もちろん言うまでもなく、本人のしんどさも。

興味のある方は一度本屋で手に取ってみてください。

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後天性サヴァン症候群!?

たまたまネットを見ていたら、興味深いニュースが。

 

サヴァン症候群と言う障害があるのはご存知でしょう。

自閉症の人たちの一部と関連付けて語られることが多い障害ですが、ある分野で天才的な能力を発揮することで知られています。

その記事では「後天性サヴァン症候群」(!?)について触れられていました。

 

「後天性サヴァン症候群ー脳への衝撃で一転、理系の天才に」というタイトルの記事。ちょっと長いですが引用してみると・・

 

ワシントン州に住むジェイソン・パジェットさんは、12年前の2002年9月のある晩、カラオケ店へ向かう途中に2人組の強盗に襲われました。当時31歳だった彼は、頭を強打し意識を失い、その後病院に運ばれたものの、その夜のうちに帰宅したということですが、異変に気づいたのはその次の朝。

 

<彼は自分の視界が変わり、今まで気付く事の無かった細部まで見えるようになっていたことに気づきました。バスルームに行き蛇口をひねると、水の流れの中に垂直なラインが放出されているように見えたそう・・・この後、彼は仕事に行くのをやめ、全ての時間を数学と物理の勉強に費やすように。彼の性格もまた変わり、社交的だったこれまでと一転、内向的な性格になり、ほとんど家で過ごすように。窓をブランケットで多い、人と会うことも避けるようになったそう・・・>

 

そして

 

<彼の検査にあたったフィンランドの医師Berit Brogaard氏によると、パジェットさんの脳は左側、特に頭頂葉がより活発化していたとのこと。脳への衝撃により神経伝達物質が彼の脳の左部分に大量に集まり、脳内構造を変えたと考えられています。こうした後天性サヴァン症候群が確認された患者は世界でも40人程とかなり少ないものの、自閉症患者の中にもサヴァン症により数学など理系分野で著しい才能を持った人が存在します。大学中退でお父さんの家具屋を手伝っていた彼は、その後再び大学に復帰。今後、天才的な数学の頭脳を活かした活躍をするのでしょうか?>

と言う記事(マイナヴィウーマン 2014.5.03)

 

へぇ~そんなことって、あるんですね(*^^*)世界で40人ほどだっていうか、40人もそういうケースがある方がビックリ。

世の中広いものですね。

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7月第1回目の箱庭勉強会の報告

今日は6月29日ですが、都合により7月の第1回目の箱庭勉強会を行いました。

基本的には、第1週、第3週の日曜日と決めてあるのですが、いろいろと他の研修会が入り、なかなか予定通りにできないことも。

 

出来るだけ、皆さんが参加しやすいようにと、第1週・第3週の振り替えもできるようにしてはいるのですが、それもままならない場合もありますね。

 

今回は残念ながら大変人数が少なく、参加された方には申し訳なかったですが、まぁ仕方がありません。できる範囲でやりましょう。

 

ところで今回もメンバーの方の製作された箱庭についていろいろと考えをめぐらしました。

 

写真をアップしておきます。

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最近読んだ本から <25> 「いじめと戦おう」玉聞伸啓 

いじめに関する本をいろいろと読んでいます。

中には統計やデータを駆使した本や、ご自分の身の回りの体験談をもとに書かれた本やら色々です。

 

私は、論文を書くために資料として読んでいるわけではないので、出来るだけ明日からの子どもたちの対応に役立つことを基準に読んでいるわけですが、この本はその中でも少し異彩を放っている本だと思います。

 

と、言うのは著者の玉聞伸啓さんは、「さねゆき」というハンドルネームで、いじめについてのHP「いじめと戦おう http://ijimetotatakaou.com 」を主催されている方だからです。

 

この本やHPは、今現在いじめで苦しんでいる子どもたちに、具体的で実行可能ないじめ対策を提案されています。

 

例えば目次だけを見ても

第1章いじめに負けない5つの方法

  ①記録をつける

  ②クラスの人たちを味方に変える

  ③心を守る笑顔トレーニング

  ④いじめに反応しない

  ⑤学校の外で夢中になれることを見つける

  その他として、先輩たちが≪成功したそのほかの方法、、、その他。

第2章シカトされたら「シカトくずし」作戦

  シカトくずし①グループからはなれている時に話しかける

  シカトくずし②フレンドリーに話しかける

  シカトくずし③あいさつで、こじあける

  シカトくずし④「自分はいい人」イメージをゆさぶる

  シカトくずし⑤シカトをゆるめる

  シカトくずし⑥シカトする人を増やさない・・・他。

 

その他「物いじめ(盗まれる・隠される・ラクガキ)にあったら考え方を変えてみる、友達を助ける方法・・・などなど、他の多くの本が一般的なことしか書いていないのに対し、かなり具体的で、HPを見て掲示板などに書き込んでくれたいじめ被害者の先輩方の体験談やいじめ脱出法を参考に、色々な方法を具体的に教えてくれます。

 

なかなか参考になりますよ。特に今現在イジメにあっている子どもたちにすぐにでも出来る内容なので、大変助かります。

 

もし興味があおりでしたら、ぜひ一度ご覧ください。

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最近読んだ本から <24> 「愛着障害」子ども時代を引きずる人々

<写真はamazonから>
<写真はamazonから>

たびたびこのブログでは「愛着」について触れてきましたが、今回紹介する本も「愛着」がらみ。愛着と言えば、心理を勉強した人ならすぐボゥルヴィの名前がでてくるでしょうね。イギリスの精神科医ジョン・ボゥルヴィは、特別に選ばれた人(一般には母親)との愛情のきずなのことであり、幼少期における愛着の持ち方が成長してからもさまざまな人間関係の根底にあり続けることを指摘しました。

 

 

 

 

 

その後のさまざまな研究で愛着のパターンとして

1)回避型

2)安定型

3)抵抗/両価型

4)混乱型

の4つのタイプに分けられるとしています。

この本はその愛着のタイプをもとに、十分な愛着が形成されなかったために社会生活が混乱していく「愛着障害」について、さまざまな具体例を挙げながら説明してくれます。

 

この愛着はひいては「アイデンティティ」の確立にも影響を与えるし、人間関係のさまざまなトラブルを引き起こす原因ともなりうるわけです。

 

発達障害や境界例人格障害、自己愛人格障害等々との関連も。

 

興味がある方はゼヒ。

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6月Bグループ(第3週日曜)の勉強会が終了しました

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集団に入れない子どもたち <5>

集団に入れない子どもたちの中で、最近よく学校で見られるのが「周囲の目が気になる」子どもたち。

 

先日もそういう子供たちと話をしていると、学校だけでなく町で洋服などの買い物をしていても、周囲の人から「あんな服、似合ってないのに」とか「なんであんな可愛っこぶりっ子の服かうのかしら?」と言われているような気がするといいます。

 

もちろんそういう声が実際に聞こえてくるわけではなく、「そういう気がする」と自覚しているのです。しかしそれが生活の色々な場でしょっちゅう気になりだし始めるとそれはたいへんでしょうね。

 

クラスにいても「バカじゃないの」と言われる声が聞こえてきたような気がして、それが自分のことを言っているに違いない、また別の子は、いつも誰かに見られているような気がして不安で仕方がないと訴えます。

 

対人不安とか、社交不安障害と言うような診断名がつけられている子どももいますが、そこまでいかなくても周囲の反応に大変過敏ですね。

 

その背景には、自分に対する自信のなさとか、世の中一般に対する基本的な安心感の不足などが考えられますが、こういう根底にある安心感は大体生後6か月から1歳半ぐらいまでに育つ「愛着」と言うものがベースになっていると発達からは言うことができるでしょうね。

 

なんでこうなっちゃたのかな?

「愛着」の問題は今後大変重要なテーマにななるのではないか、と個人的には思っているところです。

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集団に入れない子どもたち <4>

集団に入れないといっても色々です。

 

感覚刺激が強すぎる、という理由で入れない場合もあります。

同時に、学校の場合先生が前に立って何かを話すというシチュエーション自体に拒否反応を起こす子供もいます。

 

言っている意味が良くわからないのに、ずっとおとなしく座って動いてはいけない、という状況は思ったよりしんどいものです。話す内容を一人一人の理解力に合わせた具体的な方法で伝える工夫をすれば案外、理解してくれるのですが、集団の場での一斉指導と言うのはどうしても一般的な注意が多くなってしまいがちです。

 

自分と関係があるかどうかわからない内容をただ黙って聞き続けている状態です。

忍耐力の練習、という感じでしょうか。

 

他にも非行関係の子どもたちで、そういう権威的な人物などにストレスを感じる子どももいるでしょうが、その場合は入れないのではなく、入らない、と言った方が適切かな。

 

彼らも1対1に近い関係や状況で、落ち着いて冷静に伝えれば十分伝わるのですが。

 

残ったのは3)の場合です。

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集団に入れない子どもたち <3>

しばらくぶりですが、集団に入れない子どもたちの第3回。

別にシリーズもので続けようという気持ちがあるわけではないので、いつまで続くかわかりませんが、思いつくままに書いています。

 

集団に入れないといっても色々です。

前回取り上げたように、社会情勢が集団的な価値観や思想に染まる時代ではないということも言えるでしょう。

 

もっとも安倍さんや石破さんはなんとかそれを集団的方向へと持っていきたいようですが・・・(^^;)

 

それはともあれ、「集団に入れない」と言う場合、次の3つが考えられるような気がしています。

1)集団と言うよりも、群れている状態自体が感覚的に受け入れられない場合

2)集団の構造自体が受け入れられない場合

3)集団の中の人間関係や力動的な人間関係が受け入れられない場合

です。

 

1)については、発達障害の子どもさんを担当された先生方には思いあたる経験がおありでしょうね。授業や行事などで、数十人から数百人が集まっている場に入るというだけで拒否反応を起こす場合です。

 

これはたぶん、視覚的・聴覚的な刺激がオーバーロードしてしてしまっているのでしょうね。何とか、行事の場に入れようとしても、どうしても入ってくれません。あの手この手で先生方は努力するわけですが、なかなか思うように動いてくれませよね。

 

担当の先生方のストレスは並大抵ではないでしょう。

 

しかし私は自分の経験から言っても、こういう場合はあまり心配しないようにしています。結構予後はいいですよ。

 

と言うのは、何十人から何百人の集団活動をしなければならない社会なんて、学校以外ほとんどありません。

会社に入っても、それほど集団行動を(考え方は別として、実際に)求められる場面は少ないのではないでしょうか。

 

またもしそういう場面があったとしても、正当な理由を告げればそれほど非難されませんよね。周囲が本人の特性を理解していてくれれば、なおさらです。

 

この点に関しては、学校というのはやたら集団行動を強調して、強いる社会なんです。その一員である先生方は、自分の担当の子どもが運動会や文化祭に参加しない時、ものすごく自分の指導力を問われるように感じがちですが、学校を卒業してしまえば、あまり問題にならないのではないか、と思っています。

 

さて、では次の2)の場合についてはどうでしょうか?

 

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6月第一回箱庭療法勉強会が終了しました

6月第1回目の箱庭療法勉強会を終了しました。

今回もメンバーの置かれた箱庭作品を巡って、象徴的解釈⇒文脈の読み取り⇒現実との結び付け、という手順で研修しました。

 

内容てしては「川」「上」「下」「葉」「枝」「ピラミッド」などです。

 

メンバーの方々のさまざまな連想とイメージをもとに、箱庭作品への理解が深まっていけばうれしいですね。

 

なお、7月の第1週目の勉強会は、臨床心理士会の研修会の関係で予定を変更し、

6月29日(日)にしたいと思います。

 

予定が合う方はどうぞご参加ください。

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集団に入れない子どもたち <2>

さて、前回は最近特に集団に入れない子どもたちを見かけることが多い、と言うような話を書きましたが、それについて同様の分析をされている記事を見かけたので引用してみます。

それは「いじめ」について精神科医の齊藤環さんと社会学者の土井隆義さんの対談の中で土井さんが分析されていることばです。

 

<(現代と言う時代を分析すると)・・・社会が流動化して価値観が多様化していくなかで・・・自らの判断の物差しを社会的権威や思想信条のようなものに求めることができないので、その代わりに身近な他者からの反応にすがらざるを得なくなっている。他者からの承認によって自分の行為選択を正当化し、その安定を図ろうとするのです。そのため「他人がどうも思おうと、自分の信じる道を行く」というわけにはいかなくなっているのですね>imago 「いじめ」青土社21012.12月臨時増刊号より

 

まさしくその通りだと思います。

私も以前から最近の若者の「対人過敏性」について触れてきましたが、他人の反応をとても気にして身動き取れなくなっている若者が結構います。

 

昔坂本龍馬が

 

「世の中の 人は何とも云わば言え 我が為すことは 我のみぞ知る」

 

と言いましたが、坂本龍馬も現代に生きていれば「空気が読めない奴」と言われていたかもしれませんね。

 

さてそういう社会的な背景とともに、一方では現代の若者に共通して見られる個人的な特徴も考えなければいけないでしょうね。

(続き)

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集団に入れない子どもたち<1>

ここ最近「仲間づくり」についての記事をアップしましたが、中学校あたりで不登校・保健室登校している子どもたちの中には「集団に入れない」という子供が結構います。

 

例えば「周囲の目が気になる」「悪口を言われているような気がする」「失敗したら批判されそうで怖い」などなど、周囲の人達にどう思われているか、が気になって仕方がないのです。

 

「集団の中の一員と言う自分と、個人としての自分という感覚とのほどよい折り合いをつける」という課題は、発達から言うと小学校の高学年ぐらいの課題です。小学校3・4年生ぐらいで他人と自分と言うものの関係性に気が付き、それを経て5・6年生ぐらいで「集団の中における自分」と「人はどうあれ、かけがえのない自分がここにいる」と言う感覚のバランスをとるわけです。

 

ところが先にあげた「集団に入れない子どもたち」はどちらかと言うと「かけがえのない自分がここにいる」と言う安心感をともなう実感が育っていないため、集団に入るとものすごく不安になってしまう。

 

集団に飲み込まれるような不安感に襲われるようです。

 

「周りからどう思われようと自分は自分だ」という基本的な安心感が十分に育っていないのでしょう。一体これはどう理解すれば良いのでしょうか?

<続く>

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先生にも仲間づくりが必要なんだ

たまたまネットを見ていたらこんな記事が。

 

教師だけが参加できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が人気を呼んでいる。3月末に始まった「SENSEI NOTE(センセイノート)」(https://senseinote.com/)は、職員室で孤立しがちな先生たちをつなぎ、互いに相談し合ったり、仲間を見つけてもらったりするサイト> 朝日新聞デジタルより

 

へぇ~先生方にも仲間づくりが必要なんだ。昔は、仕事終わってから一緒に飲みに行ったり、バカ話をしたり、中には将棋をしていた先生もいたんだけどねぇ。先生方も大変だなぁ。

 

確かに先生方の休職率はかなり高かったはず。

皆さん、お互いに気をつけましょう。

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仲間づくりの必要性

最近、カウンセラーとして勤務している職場で、仲間づくりの必要性を実感します。

 

1つは中学生や高校生で、なかなか集団に入れない子供たちがいるということ。

特に中学生にとって、仲間というものはとてもウェイトが大きいのでしょうね。

 

一緒に行動することが苦手だ、というレベルの人から、周囲の人が自分をどう思っているのかとても気になる、または自分の悪口を言われているような気がする、さらには周囲の人の視線がとても気になる、までさまざまなレベルで苦しんでいるようです。

 

それは中高生だけじゃないです。大学生からも同様の訴えをよく聞きます。

 

さらには会社に入って働いている成人のクライエントからも。

 

私は彼らと1対1で話すのですが、それならいっそのこと、わたしがハブになって彼らをまとめればよいのでは?と思いつき、色々な所で仲間づくりをしています。

 

そんな時に役立つのが、トランプやウノなどのカードゲームやボードゲーム。

これを使うとアッと今に仲間になってしまいます。

最近ではSSTなどで色々な活動が紹介されていますが、とっつきやすいものとしてはトランプやウノは便利ですね。

 

ある程度、遊んで仲良くなってから、SSTを導入するというので良いのでは?

 

それにしてもトランプやウノまで、こちらが場をセッティングしなければならない時代になったんだ、とちょっと複雑な気分です。

 

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5月 第2回目の箱庭勉強会が終了しました

5月2回目の箱庭勉強会が終了しました。

今日も楽しく、活発な意見交流や質問がなされました。

 

今日、テーマに上がったのは「光」「水」「ライオン」「2羽の鳥」等の象徴的理解でしたが、皆さんの熱心な取り組みで充実した内容になったことと思います。

 

これからも一緒に勉強していきましょう!

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なぜ箱庭などのイメージを使った面接が必要なのでしょうか?

私のオフィスでは言葉による面接とともに、箱庭や絵画を使った面接も用意されています。箱庭療法と言うのは、言葉で自分の気持ちを表す代わりに色々な人形を使ってイメージで表現していく方法です。

 

成人の方ならある程度は自分の気持ちを言葉に置き換えることができるのですが、子どもや言葉で自分の気持ちを表すことが苦手な方、あるいは言葉で表すことでかえって辛くなるような体験をされた方には、言葉を使わない方法の方が安全で容易であるかもしれません。

 

人間は何かしら自分の世界を外に表さしたり、他者と交流せずにはいられない存在ですが、その表現のチャンネルは何段階か用意されています。

 

1)知覚・感覚レベル

  例えば、自分の中に何か違和感が芽生えた時、私たちは身体の中に何かもやもやした感覚を覚えます。それが何なのかはわかりませんが、とにかく身体の中に感じるわけです。これがまず最初の感覚・知覚的なチャンネル。

 

2)行動レベル

  それを何とかしたくて、イライラしてみたり、家の中を落ちつかずに歩き回ったり、場合によってはタメ息をついたりして、行動に表します。つまり行動によってそのもやもやを表現したり、処理したりするチャンネルを持っているのです。

 

3)その次がイメージというチャンネル。

  悪夢となって夜中に目を覚ましてしまったり、子どもならお絵かきの中に不安が表現されます。イメージによって、それまで身体の中で芽生えていた感覚が、現実的な形となって表現されるわけです。

 

4)言葉のレベル

  そしてその湧き出たイメージを再び見つめなおして言葉に変えていく、という次の段階につながっていきます。そういう意味でイメージというものは、言葉になる一つ前の段階の表現だと私は思っています。

 

特に子どもたちに「何があったの?」「何で学校に行きたくないの?」と尋ねても「分からない」「なんとなく、いやだ」と言う具合に子ども自身言葉で説明できないことはよくあることです。

 

ですからその言葉にならない思いを、一つ前の段階に戻ってイメージで表現してもらうことが必要になるのです。

 

それが箱庭療法やイメージ療法の必要な理由なのです。

 

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5月第1回箱庭勉強会が楽しく終わりました

5月一回目の箱庭勉強会が終わりました。

みなさん、真剣に、楽しくいろいろと意見交換しながら

メンバーの作られた箱庭作品を使って学ばせてもらいました。

 

今回は、象徴解釈の練習として「自転車」「水」「木」「カエル」などについて

連想を出し合い、まとめて行くところから始めました。

 

なかなか簡単にはいかない部分もあるとは思いますが

「継続は力」

根気強く、そして楽しく、仲間と一緒に

現場で使える箱庭解釈の力を身につけましょう!

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文月メイ 「ANGEL」

以前、このブログでも児童虐待を扱った楽曲「ママ」を取り上げた文月メイさん。

 

今回取り上げた曲は「Angel」

 

この曲も子どもを巡る親の無条件の愛を取り上げています。

こころに響く曲です。


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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ⑥

さて、これまでA子・B子・C君と3人の例を出してきました(断っておきますが、この3人は私が関わってきた子どもたちではありますが、特定されないために影響のない程度で多少の情報の変更はしています)。最後に彼らに関わる時に何が大切なのか、私の考えをまとめてみます。

 

愛着を巡る葛藤には、基本的には「愛を求めているのだけれど、素直に表現できない」「愛を与えてくれても、素直に受け入れられない」という苦しみが背景にあります。

 

彼らの特徴として、他人と深い関係を結ぶことができずに、相手の表面的な態度や感情表出にこだわってしまうことがあります。ですから、相手の人の表面的な態度の裏に隠された感情や意図が読み取りにくくなったり、裏切られるのではないかと他人を信じられなくなったりしています。

 

その結果、人間関係の持ち方として、自分を受け入れてくれない場合は拒否をする、という頑固で柔軟性のない態度、天邪鬼でこちらの本音を試すような振り回し行動などが目立ってしまうのです。

 

そういう彼らに関わる者としては、彼らの反応に動揺せずに支え続ける安定感が求められてきます。いわば「母なる大地」としての安定感でしょうか。基本的信頼感という「拠って立つ足場」が彼らには欠けているのです。

 

それに加えて「根気強さ」。

 

コンプレックスと言う言葉を使えばそのままなのですが、複雑で絡み合った感情のもつれはなかなか解きほぐせません。私たちはそのもつれにもつれた屈折した感情のもつれを少しずつ根気強くほぐしていく作業をしなければならないのでしょう。

 

しかし根気強く関わり続けていけば、必ず愛着のもつれをほぐしていけると私は信じています。

 

「焦らず・慌てず・諦めず」この言葉を自分に言い聞かせて、

「一人の人間」として深く関わる前に、まずは「安定して安心感の与えられる環境」として、彼らのそばに在り続けたいものだと心がけることが必要だと思っています。

 

如何でしょうか。

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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ⑤

<前回からの続き>

B子さんは、極端なツンデレ的タイプでしたが、中にはもっと極端に態度・行動に現れる人もいます。

 

C君は高校生でしたが、何か気に入らないことがあると猛烈に暴れまくります。

教室の中をひっくり返し、止めに入った先生にも暴力を振るい、本気かどうかわかりませんが、先生たちの見ている前で教室に火をつけようともしたことがあります。

 

素行障害と言えば言えなくもないのですが、落ち着けばベタベタと甘えてきたり人懐っこい笑顔を見せてくれるのでした。

 

彼のパニック的な状況に両親は腫れ物に触るように対応し、あまり深い関わりを持ってこなかったようです。医療にも関わりましたが、薬で収めるというよりもやはり普段の周囲の関わりの方が大切だということで、周囲の先生たちが彼を受け入れどんなに彼が暴れても彼を信じ支え続けてこられたおかげで、少しづつ彼も落ちつきを見せてきました。

 

もちろん担任を中心としてご両親へのサポートと家族関係の修復への話し合いを続けてきました。最初はなかなか打ち解けてこなかったご両親も少しずつ変化を見せ始め、それがCの変化と並行していたのは言うまでもありません。

 

C君もやはり、持って行き場のない渇愛の嵐に振り回されていたのでしょう。

<続く>

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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ④

B子は小学校の高学年から不登校になりました。友だち関係で何かトラブルがあったようです。

 

私は中学校で彼女と関わることになったのですが、彼女の最初の印象はとてもとっつきにくい子だな、と言うものでした。世間話をしても乗ってこない、どこそこへ行ったという話を聞いて「楽しかった?」と聞くと「面白くなかった」と吐き捨てるような返事。

 

遊びに誘っても「気が向けば、ね」と言う程度。最初は嫌われているのかな、何か不必要なことを言ったけ?とも思いましたが、どうやらそうではないらしいのです。

 

担任の先生に聞きと、B子はいつもそういう風に、最初相手を拒否するのだそうです。ブスっとした表情とつっけんどんな物言いで、話しかけた人は戸惑うのだそうです。

 

しかし「当たって砕けろ!(砕けちゃいけませんが・・)」の精神で関わり続けるうち、どうやらB子の本心は全くその逆であることがわかってきたのです。

 

本当は人恋しくて恋しくて仕方がない、甘えたいのだけれど素直になれない。

いわゆるツンデレなんだとわかったのは、かなり時間がたってからでした。

<続く>

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平成26年度の箱庭勉強会が始まりました!

27日(日)より平成26年度の箱庭勉強会が始まりました。

1回目は参加者全員に集まってもらい、顔合わせとグループ分けを行いました。

さぁ、これから一緒に勉強していきましょう!

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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ③

≪前回の続き≫

A子は彼女に日常的に関わる人たちからはすこぶる評判が良く好かれていました。しかし私はA子と箱庭している時に彼女の言葉に本当の気持ちを見ました。

 

彼女はこう言いました。

「アンパンマンなんて嫌い。ドラえもんなんて嫌い」

まだ小学校の3~4年生だったことを考えると意外でした。また箱庭に置かれた可愛い顔のお地蔵様をさしてこうも言いました。

「このお地蔵さまはニセモノだ」

アンパンマンもドラえもんもお地蔵様も、言ってみれば子供のピンチを救ってくれる安心感を象徴する存在です。彼女はそれらを信じていないのです。

 

日常の優等生の顔と本心の殺伐とした様子のギャップに驚きましたが、彼女がいわゆるネグレクトを受けた被虐待児であることを考えると納得します。

彼女は常に「人に甘える」ということができなかったのです。

 

「のび太なんて大嫌い。いつも困ったらドラえもんに助けてもらってばかり、自分のことは自分でしなければいけないの」「アンパンマンなんているわけがない」

 

いつも笑顔で控えめで礼儀正しいA子の心の中の淋しさは、どれほどのものだったでしょうか。

<続く>

 

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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ②

最近やたら忙しくて、家に帰ったら疲れ果てているため、ブログの更新もままなりませんが、出来るだけ少しづつでも自分の考えや思いを言葉に置き換えていきたい、とは思っています。

 

特に最近いろいろ考えさせられているのは「愛着」を巡る問題。

愛着についていろいろと調べていると、大体生後6か月から1年半ぐらいまでのいわゆる「8か月不安=人見知り」当たりの問題にたどり着く気がします。

 

もちろんその後の育ちの中で、親子の間の感情的なもつれが影響を及ぼすことは言うまでもありませんが、ごく基本的には先ほどの月齢あたりのところへたどり着くようです。

 

その「人見知りの時期」をいかに乗り越えていけるか、は様々な発達や臨床的な分析で指摘されている通り、「世の中は信じられる」「自分は世の中に受け入れられている」という基本的安心感の獲得にかかってくるのでしょう。

 

つまり「他人(ひと)を信じられるか」ということ。

 

私の関わったA子さんは生後間もなくから両親と離れて育てられました。

彼女は周囲の人にとても評判が良く、いわゆる優等生的なそぶりを続けてきたのでした。

<続く> 

 

 

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愛着を巡って ~甘えたいけど甘えられない~ ①

近づきたいけど、足が動かない。

甘えたいけど怖くて感情を抑えてしまう。

 

人の心の中は、ある種のバランスによって動いています。

何か一つの思いだけが一方的に心の全面を占めてしまうということはないようです。

 

例えば「近づきたいけど、近づくと拒否されたり、飲み込まれたりしないか、と不安が沸き起こってくる」「甘えたいけど、そんな子供っぽい感情を見せると拒否されたり、無視されやしないかと不安になる」など。

 

確かにそうですね。安心を求めるとかなえられなかったらどうしようと不安になるのです。その不安が優っている時、逆に「近づかないでおこう」「傷つけられるぐらいなら感情を抑え込んでおこう」と。

 

最近私はこのアンビバレンスなあり方が、「愛着」という感情的な絆を巡る基本形ではないだろうか、思うようになっています。

 

例えて言えば、車のアクセルを踏み込みながら、怖く同時ブレーキを踏んでいる状態です。この状態を長く続けていると、エンジンはオーバーヒートしてしまい焼けついてしまう。

 

普段関わっている子どもたちの様子を見ると、親子の間でも同年代の子どもたちとの関係においても、オーバーヒートを起こしてエンジンが動かなくなっている状態の子どもたちがたくさんいます。

 

どうすればいいのでしょうか?

少し考えてみたいと思います。

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箱庭療法勉強会のメンバー募集について

平成26年度箱庭勉強会について多くの方に関心を持っていただきありがとうございました。予想以上に参加希望の方が多くなりましたので、本日をもって募集を停止させていただきます。

 

ただし本日中は受付させていただきますので、考慮中の方はお急ぎください。

あと2名に限りお受けできますが、申し込みの先着順で締め切らせていただきます。

 

なお、皆様方には連絡しておらず申し訳けなかったのですが、人数が多数になったため、急きょ勉強会の日程をもう一日増やし、毎月第1日曜日のグループと第3日曜のグループにわけて実施したいと思っていますので、その点も考慮の上、希望される方は本日中できるだけ早くお申込み下さい。

 

万が一、人数の関係で希望がかなわなかった方には申し訳ありませんが、ご理解いただいきたいと思います。

 

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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オフィス岸井からのお知らせです

オフィス岸井から、平成26年度箱庭療法勉強会についてのお知らせです。

 

以前から平成26年度箱庭療法勉強会についてのメンバー募集のお知らせをさせていただきましたが、予想外に参加を希望される方が多く、あと1~2名で締め切らせていただきたいと思います。

 

多くの方とご一緒に勉強させていただきたい気持ちはあるのですが、何分にもオフィスの広さに限りがあり、参加人数も限らせていただかざるを得ないことが理由です。

 

ご希望の方は、早めにお申し込みください。

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お地蔵さんになる修行

   <お地蔵さんは動かない>
   <お地蔵さんは動かない>

この春、小学校に入学したり、小学校から中学校へ、高校へと新たな世界へ踏み出した子どもたち、そうでなくても新しいクラスや担任の先生と出会った子どもたちにとって毎日が新鮮であるとともに緊張の連続でしょう。

 

特に新規な環境に緊張や不安を感じやすい特性を持っている子どもたちにとって、ここしばらくは毎日パニック状態かもしれません。

 

今日も新しく中学校へ入学した緊張と不安のあまり、毎日パニックを状態になっている子どもさんの話をお聞きしました。無理もないことです。

 

子どもがパニックになった時に周囲はどうすればよいでしょうか?

「落ちつきなさい」「そんな行動やめなさい」なんていっても効果はありません。

 

あなたならこういう時どうされますか?

 

私はこういう時、まず深く腹式呼吸を繰り返します。相手が興奮していればいるほど、こちらは逆に落ち着きを深め、その落ちつきという「気」を相手に送るのです。

本人が興奮しているのに巻き込まれて、周囲の人まで興奮してしまっては燃え盛る火に油を注ぐようなものです。

 

まず周囲の人が、安定した、冷静な環境になること。

言葉がけしたり、説得や指導するなんてことは、まだまだ先のこと。

どん!と覚悟を決め、腰を据えて、何があってもブレない安定した環境を提供してあげることが大切。

 

口で言うほど簡単ではないのですが、こちらの覚悟を試されていると思って、こころの軸をぶらさない修行をしましょう。私はそれを「お地蔵さんになる修行」と呼んでいます。

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3月箱庭勉強会が行われました

3月の箱庭勉強会が行われました。

今回は事例検討と言うことで、岸井が過去に関わった事例とメンバーの方の関わっておられる箱庭を検討しました。

 

岸井が出した事例では、箱庭だけでなく、MSSM(交互ぐるぐる書き物語作成法)やコラージュなども行ったため、様々な勉強になりましたが、いずれも投映法の一つであるので解釈の基本は同じです。

 

この会では、箱庭だけでなくコラージュや絵画療法等の様々な投映法を実践的に研究して行こうと思っています。

 

来年度は4月27日(日)が予定されています。

箱庭・コラージュ・絵画療法・夢分析・物語分析等々の実践的な技法に興味関心のおありの方の参加を募集しています。

 

申し込みは直接お電話いただくか、HPの予約・申し込みフォームからどうぞ!

あなたの参加をお待ちしています。

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「スマホうつ」というのを御存知ですか?

<写真はAmazonより>
<写真はAmazonより>

以前に「どうも最近PCをうつ姿勢が猫背で、肩が凝り、うつになって困る」と言うような記事をアップしましたが、この本を読んで納得がいきました。

 

この本は、スマホユーザーやPCユーザーに良くみられる「IT猫背」といわれる姿勢がうつを引き起こすことを説明してくれています。このスマホうつは、脳神経外科医の松井孝嘉先生が「頚筋性うつ」として2009年に日本うつ病学会で発表されたのだそうです。

 

IT猫背で首がこってしまう状態を「頚性神経筋症候群」(CNMS)と言うのだそうですが、首の筋肉の過剰な緊張や拘縮が、精神的なうつ状態を引き起こすのだそうです。

 

当然のことながらこの「頚筋性うつ」には薬は効きません。姿勢を変えて、首の筋肉や僧帽筋の過緊張をほぐさない限り直らないのです。

 

と、言うことで、この本に書かれているPCユーザーの正しい姿勢につい説明すると

1)椅子の座り方をしっかり!(背筋を伸ばして頭頚部が前へ出ないような姿勢)

2)キーボードは出来るだけ(身体の)近くに!

3)モニターの位置は正面に、そし高さにも注意!(猫背にならない高さにモニターを上げる)

 

のだそうです。

 

と言うことで私が正しい姿勢を維持するために取った処置は以下の写真の通り。

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子供の電話カウンセリングの支援につながるカナダのダイレクトメール

どこの国でも、子ども虐待は大きな問題です。

 

今日取り上げるのは、カナダのモントリオール銀行への寄付が、「Kids Help Phone」という子供向けの電話カウンセリングサービスへの支援へとつながることをお知らせするダイレクトメールです。

 

“1ペニーが出来ることは、ここを削るとわかります。こどもの命がギリギリのところにある時、あなたの小銭が大切な役割を果たしてくれます。あなたのたった一回きりのモントリオール銀行への寄付でも、私たちは彼らの助けを求める電話に答え続けられるのです。”

  (「AdGAng」 http://adgang.jp/2014/03/54158.html より引用)

 

こう記されたはがきには、目元に痣のある子供の顔が。

それを1ペニーでこすると痣が取れていくという優れたメッセージPR。

 

日本でも苦しんでいる子どもたちの声を救い上げる、なお一層の取り組みが求められています。

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箱庭勉強会のメンバーを募集!

平成26年度のオフィス岸井箱庭勉強会のメンバーを募集いたします。

 

いじめ、虐待、不登校を含め、昨今の子どもたちの状況は非常に厳しいものがあります。そしてそういう子供たち(大人も含め)と関わる立場にいる私たちは、出来るだけ子どもたちの心を傷つけることなく、彼らのおかれた状況を理解し、彼らの思いに共感する姿勢と専門家としての技術が求められているのです。

 

そういう時に、言葉で現実を表現させることなく、彼らの内面を表現してくれる箱庭を含めた投影法は非常に有効な方法だと思われます。

 

オフィス岸井では、その投影法の基礎として箱庭療法を通じた内面理解の方法をご一緒に学ぼうという仲間を募集いたします。

 

日時:原則として、月に1日(第3日曜日)

場所:オフィス岸井(JR・阪神「元町」より徒歩7分。

   神戸市営地下鉄「県庁前」から徒歩4分。

   静かなカウンセリング・ルームです)

費用:一回2000円

その他:1)初心者も含め、専門的な力量を身に着けたいと心から思われる方。

    2)勉強会に継続して参加するという強い意欲のある方

    この二つをお持ちの方あれば、喜んで歓迎いたします。

 

参加希望される方は、申し込みフォームよりその旨をご連絡ください。

地図その他を連絡させていただきます

 

現在神戸近辺からの参加者以外に、近畿圏内から来られていらっしゃる方も。

あと、若干名の募集です。

 

お早目にお申込み下さい。

 

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対人過敏性を考える ④ 「社会への復讐」

また悲惨な事件が起きました。

千葉県柏の無差別殺傷事件。

 

容疑者が逮捕されましたが、彼のネットへの書き込みをみると「やはり・・・」という感じが否めません。と、いうのは彼がラインでチャットしていた書き込みを見ると書き込みに対する仲間の応答がないということにかなりのいら立ちを書き込んでいるからです。

 

もちろんこのことが今回の犯罪に結びつくという証拠はどこにもないのですが、それにしても容疑者がネット上でもリアルな世界でもかなり孤立していた様子はうかがえて来ます。

 

以前もちょっと書きましたが、ラインにおける「既読無視はご法度」という感覚は「自分を無視された」という感覚なのでしょう。確かにこれはつらいでしょう。いじめなどでも一番つらいのは「シカト」されることだと言いますし、虐待などでもネグレクトは一番子供の存在感・魂を揺さぶられます。

 

ただこれが相手の故意・悪意による行為なのか、それともそれなりの背景があっての上での状況なのか、はわかりにくいところがあります。

 

この容疑者は、スカイプの途中で奇声をあげたり、自己顕示欲からかかなりの挑発的な内容の発言があり、それに対して仲間がひいてしまった、ということのようでした。

だのに、それに対して「仲間が自分を認めてくれない」という被害感を持ったのだとしたら、これは困ります。

 

そしてその周囲の反応を基準に自分を確認する「対人過敏的」なあり方に、自己愛を痛く傷つけられてしまった、ということは想像できます。

 

周囲の反応を「自分の姿を見つめ直す手掛かり」として大切にするのではなく、即「自分を認めてくれない周囲への憎悪」に結び付け、「社会への復讐」と展開していく・・・・。

 

ただ、ここで本当に問題とするべきは、「そういう彼らに私たちは批判以外のどういう対応ができるだろうか?」と私たち自身を問い直す姿勢かもしれません。でないと、彼と同じように私たちの感覚に合わない彼らを、私たちの価値観に自然になじめない彼らを、異質な存在として「憎悪の対象」だけにしてしまいかねません。

 

もちろん、起こした事件については当然責任を取らせなければいけないし、犠牲になった方々の無念さは想像するに余りあるものがあります。そういう意味で「許されてはいけない」事件であったことは言うまでもありません。

 

ただ、今後もまた同じような背景から再び事件が起きてしまわないためにも、容疑者に当然責任を取らせると同時に、「今後同じような事件が起きないためには、どうすればよいのか」を考える必要はあるだろうと思うのです。

 

しかし、ではその答えは??

・・・考え続けることしかないのでしょうね。

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対人過敏性を考える ③ 鍋田恭孝著「変わりゆく思春期の心理と病理」より

さて、対人過敏性について少しだけ書いてきましたが、実は私の考えていることと同じようなことが指摘されている本があります。

それが鍋田恭孝さんの著書「変わりゆく思春期の心理と病理」という本。

 

その著書の中で最近の思春期・青年期の若者の特徴として

1)自分からはたらきかけることがほとんどない。待ちの姿勢が多い。

2)自分の気持ちを曖昧にして、周囲に合わせようとする様子が見られる

3)何かをしはじめても、うまくいかないと、すぐに引き下がる

4)周囲の様子を過敏に気にする

5)関わり方がワンパターンである。しかもパターンが狭い。柔軟性・多様性に欠ける。

 

と指摘されています。うむ、なるほど、そうだよなぁ、という感じです。

 

そして

<これらは単にコミュニケーションの障害というよりも、それらを含んだ「自分は何を感じているのか」「自分はどうしたいのか」「どう人と関わればいいのか」「どのように問題解決すれば良いのか」「問題は何なのかすらわからない」状態に陥っているといえよう。一言でいえば「自分そのものがわからない」「生き方そのものがわからなくなってきている」心理状態である>

と指摘されています。

 

多少一般化しすぎている気もしますが、私の接している中高生・大学生にも(いや大人にも!)そういう《主体性》の育っていない青年を見かけるのは確かですね。

 

決して目立ちはしないけれど、でもこれでいいのかなぁ?大丈夫かなぁと感じるようなタイプの青年たちです。

 

(つづく)

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2月箱庭療法勉強会が行われました

2月の箱庭療法勉強会が行われました。

今回もメンバーの方が置かれた箱庭を中心に、

「水」「海」「川」「上・下」「塔」「船」等々の象徴について、勉強しました。

今年の勉強会は来月で一応区切りになります。

 

 

そこで3月の勉強会では、事例を検討してみようと思っています。

 

来年度もまた4月から始める予定ですが、まだ若干の余裕があります。

箱庭療法自体に興味がある方、あるいは投影法の基礎として象徴解釈に興味のある方、現在実際に箱庭を使われていてさらに理解を深めたい方、どうぞお申し込みください。

 

 

詳しくはタイトル下のナヴィの中にある「平成26年度箱庭療法勉強会について」をクリックしてください。申し込みは予約フォームからどうぞ!

 

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対人過敏性について考えたこと ② ~誰かに受け入れてもらいたい~

「誰かに自分のことを認めてもらいたい」

これは時には誰でも感じることでしょう。しかし他人は、いつでも自分のことばかり気にしてくれているわけではありません。

 

話しかけたら返事がなかった、というようなこともたびたびあります。これを意図的にされたのならモラルハラスメントを受けたと言っても仕方がないのですが、しかし逆に一度でも返事を返さないと「無視された」と怒るのも行き過ぎでしょう。

 

ところが、これが実際に起きているのがLINEの世界。

先日も知人と話していて話題になったのが「既読無視」。

 

LINEの世界では「既読無視」はご法度、犯罪だ、とまで言われているようです。

う~ん、大変だなぁ。

無視されたことがそれほどまでに心を傷つけるのか。

 

昔からチャットはありましたし、私も以前はチャットにはまっていた時もありました。

が、それほどまでに過敏に相手の反応を意識していたかなぁ。

 

そんなに誰かにつながってもらいたいのか、あるいは一人で居ることが耐えられないのか・・・。

 

そう思うと、周囲の人との関係を必要以上に過敏に考えている最近の人たちの人間関係の在り方が感じられてきますね。

 

自分の存在感は相手次第、っていうところか。う~~ん。

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対人過敏性について考えたこと①  ~ネット社会での人の在り方~

さて、以前一度触れた「対人過敏性」について、いろいろと考えてみました。

ここで言う「対人過敏性」とは、簡単に言えば他人が自分の存在を認めているということを確認することで逆照射して、自分の存在を確認しているという傾向を指しています。

 

例えば常に他人が自分を見ているということが前提になっていて、見ていないということは「見捨てられ」たような気持ちになってしまいます。それは他人が自分を「どう評価しているのか」ということよりも、他人によって見られていることで「自分の存在を確認できる」、というような在り方なのです。

 

これが一番感じられるのが、ネットの世界。

例えば私が書くこのブログなどもそうですが、ただネット上にアップしただけでは満足できません。この記事をどこの地域の、誰が、何回ぐらい見てくれているか、というような確認があってこそ励みになるのです。

 

つまり誰かが私の(ブログを、いやブログを書いている私自身の)存在を認めてくれる、それがあってこそ書いた甲斐があるのです。

 

もし一生懸命考えて書いてアップしても、一人も見てくれなければむなしくて仕方がありません。

つまり、私自身の(ブログを通じての)存在は、見てくれる人の存在なしには感じられないのです。

 

これってどうでしょう?

もう少しこのことについて考えてみたいと思うのですが、長くなるのでまた次回。

 

 

 

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DSM-5についての新情報

本日、日本臨床心理士会の研修会に行ってきました。

私が参加したのは「発達障害の理解と支援に関する総合研修会 後期(1)」という分科会で

午前中は、日本医科大学の齊藤卓弥先生から「DSM-5について -発達障害に関わる問題ー」

と言うテーマでお話を伺いました。

 

斉藤先生はDSM-5の日本語版の検討会に参加者のお一人ということで、今年6月に出版される予定のDSM-5の日本語版について、DSM-Ⅳ-TRとの変更点等に関する新情報満載でした。

 

「まだ検討の途中である」ということを前提にお話しされた内容は、なかなか興味深いというか、現場で働く者にとってはかなりショッキングな内容。

 

ここですべてをお伝えするのは難しいですが、いくつか教えてもらったことを報告させてもらうと、なにより「発達障害」の分野での変更・改正点が多い、というようなことです。

 

全体的な構成や方針の変更点ももちろん注目しなければいけない点なのですが、具体的に現場で働く者にとって影響があるのは、訳語の変更、診断基準の変更・改正、診断名のカテゴライズの問題などです。

 

例えば、従来「disorder」「disability」ともに「障害」と訳されていたのが、

「disorder」は「症」、「disability」は「障害」と訳される予定だ、ということです。

 

つまり、「Learning Disorder」は「学習障害」ではなく「学習症」に

「Autism Spectrum Disorder」は「自閉症スペクトラム障害」ではなく「自閉スペクトラム症」になる可能性が高い、とも。

同様に「ADHD」は「注意欠如/多動性症」。

 

そして従来の精神遅滞「Mental Retardation」は「Intellctual Disabilities」つまり「知的発達障害群」と訳される予定だとか。

 

訳語だけでなく、特に発達障害の分野では診断のカテゴリーが予想以上に大きく再編成されるらしい。これ以外にもたくさん情報を教えてもらったのですが、少し心の準備をしておいた方が良さそうです。

 

どうしてそうなるのかについても、それぞれ理由があるのですが、現場にいる者としては慣れるまで大変かもしれませんよ。ふぅ~。

 

 

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「対人過敏性」というキーワード  

昨日は「湯神くんには友達がいない」というコミックを紹介しました。主人公の湯神君は別に友達がいなくても平気なのですが、副主人公(?)の「綿貫ちひろ」さんという女の子は真逆の性格です。

 

彼女は親の事情で転校を繰り返して、いつも仲良くなった友達をすぐお別れをしなければならなくなるため、友達がほしいようなほしくないような複雑な思いを抱えています。

 

しかしだからといって、「ひとりぼっち」になるのはとても辛い。湯神くんのいる学校には長く在籍できそうなので何とか仲間に入れてほしいのですが、女子の複雑な人間関係に困っています。

 

さて、この湯神くんと綿貫さんによって表現されている要素は、周囲の人間との関係と自分自身の在り方をどう折り合いをつけるか、という問題です。

 

この問題は主に思春期に前面に出てくる問題ですね。周囲の目や評判が気になったり、友達から仲間はずれにされたらどうしよと悩んでみたり。

 

ところがどうも最近は思春期だけの問題ではなく、社会一般の在り様なのではないかと思うのです。そこでは「対人過敏性」ということばがキーワードになっているような気がします。

 

そのことについて今後少しの間、考えてみたいと思います。

もし考えがまとまったら、またアップします。

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1月箱庭療法勉強会の報告

一昨日、1月箱庭勉強会が開催されました。

いつも通り、メンバーのお二人に箱庭を作成していただき、それをもとに、

①主な人形の象徴解釈について

②箱庭表現の文脈・物語の読み取り

③現実との照合

の流れでメンバーの理解を深めていきました。

 

何事も「継続は力」

特に投影法は、それぞれの力量が大変試される方法です。

こじつけにならないよう、思い込みで理解しないよう、皆さんの心にストンと落ちる解釈・理解を深める研修になれば、と思って続けて居ます。

 

現在は神戸周辺だけでなく、遠方から2時間近くかけてこられる方もいらっしゃいます。

来年度に向けて、新しいメンバーも募集中です。

熱意のある方なら大歓迎!!

もし興味がおありでしたら、遠慮なくご連絡下さい。

 

一緒に勉強させていただくことを楽しみにしています。

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私の箱庭から<1> ジブリ・ゲット!

最近、私の箱庭の人形の仲間入りをした<こだま>
なんだか消え入りそうで儚いイメージだけど、どっこい、何億年と生き続けているような印象の<こだま>です。

 

ジブリ・ショップで購入。

なんだかいろいろなイメージが浮かんできますね。

 

ちなみに黄色い花は私が加えました。人形そのものは「一輪挿し」でしたけど。

これから時々、私の箱庭アイテムの人形の仲間を紹介してみます。

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