ささえる ことば <96> 「したことの後悔は日に日に小さくすることができる・・・」


「したことの後悔は、日に日に小さくすることができる。

 していないことの後悔は、日に日に大きくなる」


作家の林真理子さんの言葉から。


うむ、確かに。

「やらないで後悔するより、やって後悔した方がよい」と言う言葉もありますね。


あぁ、私は何に向き合うことができて、何を避けてきたのだろうか。

思わず、自分の生き方を振り返ってしまった一言でした。


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ささえる ことば <95> 「軽い荷物にしてほしいと願ってはいけない・・・」

「軽い荷物にしてほしい、と願ってはいけない。強い背中にしてほしいと願わなくてはならない」 (フランクリン・ルーズベルト)

アメリカ第32代大統領のルーズベルトさんの言葉です。

 

確かにアメリカ合衆国なんて巨大な国を背負おうなんて人は言うことが違いますね。

 

しかし自分の力量に見合わない重荷をただ背負うとすると、やはり無理が生じますよ。いくら背中を鍛えたって、自分一人ではできないこともあります。


重荷に潰されて、ヒィヒィとなるのは避けたいなぁ。

 

そういう時は、工夫して見ましょう。


私のような凡人はどうするかと言うと、

1)分担して人に上手く押し付ける

2)適当に言い訳して、逃げる

3)荷物を細かく分けてちょっとずつ運ぶ

 

いずれにしても「背中を強くしてくれ」とは、願わないでしょうね、きっと。

歳のせいでしょうか?

これじゃ、大統領になるのは無理ですね(-_-;)


あなたならどうします?

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ささえる ことば <94> 「怒りは自分に盛る毒」 アメリカインディアンの言葉

アメリカインディアンのホピ族の言葉だそうです。

先日ちょっとしたことで、無茶苦茶腹が立ってしまい、電話口で相手の人を怒鳴りつけてしまったことがありました。

めったにそれほど激しくは怒らないのですが、なぜかその時は完全に冷静さを失ってしまって・・・。

 

問題はその後。

急に胃が痛くなって苦しくなってきたのです。このまま放っておくと胃潰瘍になるな、と思ったのですぐに胃薬を飲みました。


怒りと言うのは相手にぶつけるものなので、ぶつけられた相手に毒ではないか、と思うのですが、実は確実に自分の体にとっても毒なのです。

 

私の場合はまだ、怒りを口に出せて胃の痛みも感じることができたので対応できましたが、人によってはなかなか怒りを面に出せない方もいらっしゃるでしょう。

 

我慢して抑えているうちにいつしか忘れてしまうのかもしれませんが、確実に体にとっては良くありませんよ。

 

相手に向かって怒りの言葉をぶつけなくても、自分なりに怒りを表現してストレス発散する方法を身に着けておく方が良いですね。

 

全くこの言葉を実感させられた経験でした。

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ささえる ことば <93> 「ある問題に対して『ドーデモイイ』という解決法のあることに気の付かぬ人がいる。・・・」

<ワンちゃん、なにを考えてる?え!?何も考えていないって!?>
<ワンちゃん、なにを考えてる?え!?何も考えていないって!?>

「ある問題に対して『ドーデモイイ』という解決法のあることに気の付かぬ人がいる。何事でもただ一つしか正しい道がないと思っているからである。」

 

物理学者のの寺田寅彦さんにして、こういう言葉が出てくるのですから、人生と言うのは、また人と言うのは面白いですね。

 

 

 

 

もちろん数学などの学問では正解は一つなのでしょう。それが科学の論理性・客観性と言われるものなのかもしれません。

 

ただし人間の生き方や人生の諸問題に関してはむしろ逆。人間の数だけ解決法はあるだろうし、同じ人間でも時と場合と相手によって対応は変わるのが当然。

 

「ドーデモイイ」と言う解決法が、解決法になることはよくあります。

だいたい「それが問題だ」なんていうから「答え」を探すことになる。

「ま、そんなこともあるさ」程度にとらえたり、「しかしそれは逆に考えればこんなメリットもある」と頭を柔軟にすれば、そもそも問題でなくなります。

 

人生においては「正解」なんてものはありません。

いや、数限りなくあると言うべきか。

 

要は本人が納得するかどうか、じゃないかな?

 

あなたはどう思いますか?

え!?

「ドーデモイイ」って!?

 

失礼しました!(-_-;)

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ささえる ことば <92> 「思うようにならぬことを思うようにしようとするから、『苦』になります」

「思うようにならぬことを思うようにしようとするから『苦』になります」

はっきりと覚えていないのですが、確かこれは漫画「浮浪雲」の中のひとことでした。

 

思うようにならぬもの、とは何だろう?

 

それはこちらが「こういう風になってほしい、という思い入れ」のことでしょうね。

「こうなるべきだ」とか「こうするのが普通だろう」でもいいのですが、結局こちらが相手に「こうなってほしい」という期待や押し付けがあるということです。

 

もっとも期待や押し付けがいけないとは思いません。

誰だって悪意で思い込んでいるわけではないでしょう。特にご自分の子どもさんや身近な関係のある方であれば、なおさら感情移入したくなるものです。

 

しかしそれは時として一方的な愛情の押し付けであることも。

そこに気が付かずに、「思うようにならぬことを」「思うようにしよう」すると結局お互いとって『苦』しか残らない、ということになりかねません。

 

『苦』というものの裏側には、『苦を産み出している自分がいる』ということなのでしょうね。

 

 

 

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ささえる ことば <91> 「壁が倒れると、それは橋になる」アンジェラ・デービス

「壁が倒れると、それは橋になる」黒人解放運動にも参加した女性活動家アンジェラ・デービスさんのことば。

 

といっても私もアンジェラさんのことはあまりよく知らなかったのですが、調べてみると、1960年代後半から1970年代にかけて黒人の解放運動の先頭に立って活動され、それ以後も社会の色々な矛盾に鋭い批判を指摘を続け、人種・階級・ジェンダーの解放へとエネルギーを注いだ方でした。

 

このアフロヘアーが1970年代を象徴していますね。

 さて、この言葉は社会的な障壁に対して全力で戦いを挑み、そしてその後の社会を変革してきた彼女ならではの言葉です。

 

最もそれは私たちの人生にも通じることでしょう。とても解決できそうもない、立ちはだかる困難や壁に対して、あきらめることなく挑み続けるといつしかそれは対立する岸の間を流れる川に架かる橋となりうる、という希望を与えてくれます。

 

サイモンとガーファンクルの「明日に架かる橋(Bridge Over Troubled Water)」を思い出しました。

この曲を御存知ない方のために↓

 

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ささえる ことば <90> 「金を失っても気にするな。名誉を失っても、まだ大丈夫。でも勇気を失ってしまったら、すべて終わりだ。」

小保方さんに送りたい言葉

「金を失っても気にするな。名誉を失っても、まだ大丈夫。でも勇気を失ってしまったら、すべて終わりだ。」

この言葉は、イギリスの名宰相ウインストン・チャーチルの言葉です。

 

この言葉を今一番送りたい人は、今渦中の人「小保方晴子さん」です。

今日記者会見の様子をネットで見ました。色々な質問に、よく考えながら誠実に答えようとしている姿が印象に残りました。

 

何と言っても私のオフィスのすぐ目と鼻の先にいる方ですし、応援したくなります。

もしかしたら今回の件で、研究者としての名誉や現実的な利益は失われてしまうかもしれませんが、自分の行ってきた研究に対する自分自身のプライドにかけてきちんと言うべきことは言う、と言う勇気を感じさせてくれたことはとても伝わってきました。

 

一人の人間の生き方として応援したい気持ちで一杯です。

頑張れ!小保方さん!!

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ささえる ことば <89> 「孤独な木は、仮に育つとすれば、丈夫に育つ」

「孤独な木は、仮に育つとすれば、丈夫に育つ」

イギリスの名宰相ウィンストン・チャーチルさんのことば。

 

昔から人間は自分たちを「木」に例えて考えることが多いようです。

心理テストなどでも木を書いてもらう方法があります。

 

木は動物と違い、生まれ落ちた場所で一生を過ごします。そこが肥沃な土地であっても、あるいは荒涼とした荒地であっても、生まれ落ちた環境の中で育つしかない運命なのです。ある意味人間の子どもも同じですね。選んで両親のもとに生まれ落ちたわけではないのです。

 

また木は基本的に上に向かって自分自身の力で成長していきます。

引力は木が上に向かって伸びていくことを妨げようと働くわけですが、それに打ち勝って伸びていく。それも人間がさまざまな苦境に打ち勝っことで成長を遂げることと共通しています。

 

そういう点から人間の生き方・あり方を木に重ねたのでしょう。

 

生きることは基本的には「孤独」なものです。

「自立」などと言う言葉もありますが、自立には「孤独と自由」がセットなのです。

思春期に限らず、大人でさえも他人の目を意識しすぎている現代、「孤独を生きる」逞しさが求められているのかもしれません。

 

花見の名所の群れ桜だけでなく、山の中に一本、凛と咲いている孤独な桜の逞しさも見習いたいものです。

 

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ささえる ことば <88>「僕は何とか立ち直ろうとする。なぜなら、今は朝だからだ」

「ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、『生きていてよかった』と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていいける」

 

「僕らはなんとか立ち直ろうとする。なぜなら、いまは朝だからだ」

 

中島らもさんのことばです。

 

毎日毎日が輝くような日々であった子供時代を過ぎ、曇りや雨が降り続くような日々が続いていたとしても、私たちにとって一日でも「生きていてよかった」と思える体験があれば、何とか、また訪れる朝に、生きる力をふり絞ることができるのかもしれません。

 

「朝が来ない夜はない」

「出口のないトンネルはない」

 

なんとか立ち直ろうとする、その気持ちを大切にしたい。

たとえ今回はまた立ち直れなかったとしても・・・。

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ささえる ことば <87> 「希望と言うのは片方に絶望があって・・・・」

「希望と言うのは片方に絶望があって、絶望の深い闇の中から一条の光が差してくる」

 

五木寛之さんの言葉です。

 

先日、ロバート・レッドフォードさん主演の映画「オール・イズ・ロスト」を観てきました。

舞台は大海原、そこにボートの事故から嵐に見舞われで漂流する男が一人。それがレッドフォードさん演じる「Our man」。

 

セリフはほとんどなく、登場人物も彼一人。

 

観客である我々は「Our man」に自分自身を投影し、孤独で死に直面しながらも必死で希望を失わずに、いや絶望に飲み込まれずに戦い続ける疑似体験をするのです。

 

レッドフォードさんが演じる男は、人生経験も、知恵も、勇気も持ち合わせた、自信に満ちた男性でした。しかし、大自然と向かい合うと人間の力など限界があります。

 

彼が漂流の途中で自信を失いかけた時に、自分がこれまで如何に自信過剰な生き方をしてきたのか、に思い至ります。

 

そしていよいよ絶望に飲み込まれてしまった彼は・・・・・

現在上映中の映画なので、ネタバレはNGですが、まさしくこの言葉通りの映画でした。

 

五木寛之さんはこうも言います。

「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」

「傷みや靴を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」

と。

 

ただただ自分の力だけで何とかしようとあがいていると、

ますます溺れてしまうのかもしれません。

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ささえる ことば <86> 「人の病を治す最良の薬は人である」

NHKの「こころの時代」で、精神科医で小説家でもある帚木蓬生さんのお話がありました。帚木さんはアルコール依存症の治療からギャンブル依存症の治療まで豊富な経験を持たれた先生です。

 

その先生がお話の中で紹介された言葉がこれ

 

「人の病を治す最良の薬は人である」

 

アルコール依存からギャンブル依存まで、精神科の治療以外に自助グループの大切さをお話しされており、その中で薬ではなく人との関係の中で癒され立ち直っていく患者さんのお話をされる中で、セネガルのことわざかもしれない、と紹介されていましたが、確かにこの言葉は大切な言葉だ、と私の心に響きました。

 

そして番組を通して紹介されていた言葉は、アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの有名な言葉

 

「神よ、私に与えたまえ。

 変えられることのできないこものを 受け入れる落ち着きを

 変えられるものを 変える勇気を

 そしてその二つを 見分ける賢さを」

 

 

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ささえる ことば <85> 「本当に生きるためには、まず何回か死ななきゃだめだ」」

最近、本当にそう思うんです。

 

「本当に生きるためには、まず何回か死ななきゃだめだ」

 

この言葉はブゴウスキーと言うアメリカの詩人の言葉。

 

チャ-ルズ・ブゴウスキー。

彼は大学中退後、アメリカを放浪しながら執筆活動を始める。

長年にわたる大量の飲酒がたたり、出血性の潰瘍で入院したり、離婚をしたり、さまざまな経験をつみ重ね、ようやく郵便局員として生計を立てれるようになる。そして郵便局員を務めながら、書いた詩がようやく認められ詩人として作家活動を開始した。

 

酒と競馬をこよなく愛した詩人として、トム・ウェイツやショーン・ペンにも愛された。

 

いやぁ~渋いですね~。

「何回か死ななきゃだめだ」と言いつつ、決して本当に息絶えることはなかった。

 

あきらめたら・・・・終わりだ!!

 

うん!私も!そしてあなたも!!

 

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ささえる ことば <84> 「人生には優勝できないことより悪いこともあるわ」

「人生には優勝できないことより悪いこともあるわ」

 

ソチ・オリンピックのスノーボードクロスで、ぶっちぎりでトップを滑りながら最後に転倒して優勝を逃した、アメリカのリンゼイ・ジャコベリス選手の言葉。

まったくその通り。でも本当に残念でした。

 

浅田真央選手にも送りたい言葉ですね。

 

もっともこう言い換えた方が希望につながるかな。

 

「人生には優勝できることよりも素晴らしいことがきっとあるわ」

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ささえる ことば <83> 「自分の幸せより、他人の幸せを優先すれば、幸せは逃げていく」

「自分の幸せより他人の幸せを優先すれば、幸せは逃げていく」

 

アーニー・J・ゼリンスキーという人の言葉。

 

なるほど。

確かにそうかもしれませんね。自分が幸せでないのに、他人を幸せにできるわけはありません。

幸せというのは、お互いの間に育まれるもので、どちらか一方が奉仕するものではないでしょう。

 

それが夫婦であっても、親子であっても。

 

またカウンセラーとクライエントであっても同様。

カウンセラー自身が幸せの中にいないで、どうしてクライエントに幸せを味ってもらうことができるでしょうか。

 

お互いの人間としての在り方が、お互いを刺激し合って、お互いを変えていく。

決して一方的な関係ではないはず。

 

しかしどうしてもクライエントは幸せにしてもらうことを望み、カウンセラーは幸せにしなければ自分の力不足を思わずにはいられない。

 

それは違うのではないか、と最近よく思う私でした。

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ささえる ことば <82> 「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない」

「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」

 

マハトマ・ガンジーのことば。

 

この「無意味」と言うのは、「現実的にはあまり影響を及ぼさないだろう」と言う意味でしょう。

しかし、影響を及ぼさないことを、それでも「やり続ける」自分がここにいる、と言うことが大切なのかもしれません。

 

自分が決めたことをやり通す、たとえ評価されない日々が続いてもやりぬく。

世界に迎合せずに、わが道を行く。

 

忘れたくないことばです。

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ささえる ことば <81> 「心配するな、なんとかなる」

<なんとかなるにゃ~!>
<なんとかなるにゃ~!>

「心配するな なんとかなる」

 

この言葉を私が言ったなら、「何を無責任な」と言われそうですが、この言葉を、かの有名な一休和尚が言ったとしたら、また違ったイメージになるでしょう。

 しかもその言葉は、一休和尚の遺言の言葉だった、と聞けばなおさら。

 

 

一休和尚は、自分の死に臨んで弟子たちに一通の遺言状を残したそうです。

しかもその遺言状は壺に入れられ

「どうしようもない問題が出てきて、誰も解決できなく困った時には、皆集まってこれを開けなさい」と言い残して亡くなったのです。

 

その後弟子たちが、のっぴきならない大問題にぶつかりました。

どうしようもなくなって皆壺の周りに集まり、遺言状をあけてみたところ出てきたのが、この言葉。

 

しかしさすが一休和尚の言葉。弟子たちはこの言葉を読んで、悩みから解放されたということです。

 

私が言っても、怒られるだけだけど、さすが一休さん!

 

「なんくるないさ!」(なんとかなるさ!)

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ささえる ことば <80> 「いまの人は、みんな『なんとかしなければ』と思いすぎる」

「今の人は、みんな『なんとかしなければ』と思いすぎる」

 

故・河合隼雄さんのことば。

 

自分の思い通りに事が運ばなかったり、自分の思いのほかの苦難に見舞われた時、「何とかしたい」と思うのはごく自然のことでしょう。ただ、「何とかしたい」が「何とかできるはず」と思い込むと、ことはそう簡単にはいきません。

 

だって、世の中のことで人が自分の力で何とかできることなどは限られているからです。

自然災害と呼ばれるものは、必ずしも地震や津波だけじゃないでしょう。人の心の中で起きてしまったことや人の運命なども、考えてみれば自然の範疇に入るのじゃないでしょうか。

 

だって誰だってわざと苦しもうとか、わざと落ち込もうと思う人はいない。

そんなつもりはなくても、どういうわけかそんなことになってしまっている。

これが誰かの悪意によるものとか、自分のミスによるものなら原因ははっきりしていますが、人が生きている中で起きてしまったことはほとんどの場合、どういうわけかそうなってしまうものです。

 

それを自分の力で「何とかできるはず」と思うのは、考えてみれば思い上がりなのかもしれません。それがかえって苦しみを倍増させる。

 

「何ともならないかもしれないけれど、何とかなることを願ってせいぜい努力だけはさせてもらう」そのぐらい謙虚に対応した方がかえって冷静になれるのかもしれません。

 

「何とかしなければ」と思いすぎると、「何ともできない自分」を却って卑下することになってしまいかねません。

 

如何でしょうか?

 

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ささえることば <79> 「明日伸びんがために、今日は縮むのであります」

「明日伸びんがために、今日は縮むのであります」

 

大正の終わりから昭和の初めの日本の総理大臣であり、城山三郎「男子の本懐」の主人公となった浜口雄幸さんのことば。

浜口雄幸は、真面目で頑固一徹な人柄でその風貌からライオン宰相と呼ばれていたそうです。
 
当時は、震災・金融恐慌と不況続きで、経済的に大変厳しい時代だったそうですが、その中で財政緊縮・金解禁とそれにつながる軍縮も実行し、現在のアベさんとは真っ向から逆行する人物のようですね。
 
しかしこの考え方は日本人的な価値観には比較的なじむなぁ、と思いきや、日本人だけではなくかつて苦しんだ日産自動車がカルロス・ゴーン氏を招いて業績を回復した時
 
「最も深くかがむ者が、最も高く飛躍できる」とおっしゃったとか。
 
文化に関係なく、苦しい時こそ次のジャンプの力をためる時だ、ということは人生の知恵なのかもしれません。
 
人生も同様。
今、苦しんでいるあなたにも。
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ささえる ことば <78> 「小包の紐の結び目をほぐしながら・・・・」

「小包の紐の結び目をほぐしながら 思ってみる

   ━━━━ 結ぶときより、ほぐすとき

             少し辛抱が要るようだと」吉野弘(詩人)

 

そうですね、固く結び目を作る時は勢いに任せてみるものの、その後結び目をほどくのには根気強く、粘り強く、落ち着いた強靭さが必要になってきます。

 

その沈着な冷静さと慚愧の念は、結び目を作った時の何倍か、いや何十倍か・・・。

 

それを何度も味わいつつも、また同じことを繰り返してしまう我が身の情けなさに、つくタメ息。

 

あぁ、いつまでたっても進歩しないね~、オレ。

でも、そういう自分もまたいとおしく思えてくる今日この頃です。

 

年齢(とし)、ですかね。まぁ、いいや。

 

さぁ、また新しい1年が始まる!!

 

 

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ささえる ことば <77> 「悲観論者は、あらゆるチャンスに困難を見出し、楽観論者はあらゆる困難にチャンスを見出す」

「悲観論者は、あらゆるチャンスに困難を見出し、楽観論者は、あらゆる困難にチャンスを見出す」イギリスの名政治家、ウィンストン・チャーチルの言葉。

さて、いよいよあと数日で2013年が終わろうとしています。

皆さんにとって、今年は良い年でしたか?

 

いろいろと困難に襲われた方もいらっしゃることでしょう。

今後に希望を持つことさえ、ままならない方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、その状況をどう意味づけるかは、その人の姿勢次第。

悲観論者は、何を見ても失望の種に見え、楽観論者は、どんなに失望してもそこに次のチャンスを見出します。

 

あなたはどっち?

 

ポジティヴな生き方・考え方を持つことの大切さを、

私は最近つくづく感じています。

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ささえる ことば <75>「日の光をかりて光る、大きな月よりは・・・・」

<ま、臨機応変ということで・・・>
<ま、臨機応変ということで・・・>

「日の光をかりて光る、大きな月よりは、自ら光を放つ小さき燈火でありたい」

森鴎外の言葉です。

 

太陽と月の違いを知っていますか?

太陽は自ら光を放っていますが、月というのは、

その太陽の光を反射して夜空に輝いて見えるのです。

 

ですから月というのは自ら光っているのではない。

 

森鴎外は自らの生き方として、誰かの光や知恵を借りて、真似事や借り物の人生を送るのではなく、たとえ小さな光であっても自ら光を発する生き方をしたい、と言っているのでしょう。

 

「寄らば大樹の陰」とか、「長いものには巻かれろ」とか言う処世術もありますが、やはり微かではあっても、自分だけの光を放つ生き方をしたいものです。

 

とか、言いながらこのコーナーは、いっつも誰かの名言を借りてきて、さもわかったように放言しているのですから、全く勝手なもんですね (^^;)

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ささえる ことば <74> 「欠点は表面に浮かんでいる藁のようなもの・・・・」

「欠点は表面に浮かんでいる藁のようなもの。真珠を求めるなら深く潜れ!」

 

ジョン・ドライデンというイギリスの劇作家・詩人・文芸評論家のことば。

人の心の奥深くには、キラキラ光るきれいな「珠(たま)」がある。

「珠」とは「魂」でもあり「霊」でもある。

 

私たちはその「珠・魂・霊」を心の奥深く潜って探り出さなければいけない。

たとえて言えば、深い森の中に、深深とたたずむ湖の底に、滾々(こんこん)と湧き出ている源泉を探り出すようなものだ。

 

そしてそれが新鮮で清冽な生命力を産み、より自分らしく生きる意欲につながるのだ。

深く、深く、潜れ!

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ささえる ことば <73> 「人生には“灰の時”と“炎の時”がある・・・・」

「人生には“灰の時”と“炎の時”がある。なすべき何事もない時は、何もすべきではない」

アンリ・ド・レニエというフランスの詩人・小説家の言葉だそうです。

 

 

 

うむ。

そうかもしれない。

何をやってもうまくいかない時、どうあがいても何も変わらない時。

そういう時って、確かにありますよね。

 

こういう時は、もう性根を据えて逆らわないことかもしれません。

だって、あがけばあがくほど底なし沼のように自分苦しめることになってしまう。

 

今、私も少しそういう気分なのですが、これをどう開きなおれるか。

言うのは簡単なのですが、なかなか難しい。

 

と、言うのはいつまでこ状態が続くのか、終わりが見えていれば我慢もできるのだけど、いつ終わるか、終わらないのかも分からない状態では、本当に開き直るのは難しい。

 

しかし、言い古された言葉ですが

「開けない夜はない、抜けられないトンネルはない」

それを信じることでしょうか。

 

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ささえる ことば <72> 「人生は、したくてもできない、できるのにしたくない、の二つから成り立っている」ゲーテ

<飲みたいけど飲んだら太る・・・>
<飲みたいけど飲んだら太る・・・>

「人生はしたくてもできない、できるけどしたくない、の二つから成り立っている」

 

うむうむ、その通りかも。

あともう一つあるとすれば、「したくないのにやらねばならない」ことでしょうか。

もちろん「やらねばならないのに、しない」人もたくさんいますが。

 

それと「やらなくてもいいのに、やってしまう」人とか、「できないのにやろうとする」人とか。

 

なかでも一番始末に悪いのは、「やりたくないから、人にやらせる」奴でしょうね。

 

え!?誰の事だって?

その名前は「言いたいけど、言ってはならない」のですよ!

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ささえる ことば <71> 「人生いろいろ」

昭和を代表する歌手の一人、島倉千代子さんがお亡くなりになりましたね。

いつもニコニコして清楚さを失わない島倉さんの笑顔を見るだけでほっとした気持ちになれたのは私だけではないでしょうね。「人生いろいろ」という曲にある通り、離婚・借金・闘病といろいろな思いをして来られたことでしょう。

 

私は特別演歌に興味があるわけではないのですが、この歌は良く耳にしました。

 

 

 

私のフェイバリット・ソング分野、人生応援歌部門、演歌編の中では

水前寺清子「365歩のマーチ」美空ひばり「川の流れのように」

そしてこの曲がベスト3でした。

 

「人生いろいろ」

いろいろあっても、精一杯生きていく。

 あなたのように。

 

島倉千代子さん、お疲れ様でした。

 

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ささえる ことば <69> 釜石市釜石小学校校歌

いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは 目をあげて
星を目あてに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる

はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときは あわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す

しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは 手を出して
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる
 

<作詞 井上ひさし>

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ささえる ことば <68> 「正義とは実は簡単なことなのです」

正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。

 

 

 

やなせたかしさん、安らかにお眠り下さい。

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ささえる ことば <67> 「・・・これで、パパの人生、ぐっと、はりあいがでるわよ」

<何よ!なんか文句ある!?>
<何よ!なんか文句ある!?>

《・・・ミイは、灯台の階段に座り、雨の歌らしい単調なメロディを、口ずさんでいました。いきなり、声がかかりました。

「おーい! わしは、かんかんに怒っとる!」

「いいことだわ!」

ミイが、うんうんと、うなずきました。

「ころあいの仇役(かたきやく)と遭遇したみたいね。

    これで、パパの人生、ぐっと、はりあいがでるわよ」・・・》

<ムーミンパパ 海へ行く>から ミイの言葉より。

 

 

そっか、かんかんに怒る相手がいることも、人生に張り合いを持たせてくれる大事な要素なのかもしれませんね。

 

 

 

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ささえる ことば <66> 「人間は決して勝ちません、ただ、負けないのだ」

「・・・・然し、生きていると、疲れるね。
 かく言う私も、無に帰そうと思う時があるですよ。

 戦い抜く、言うは易く、疲れるね。

 しかし、度胸は、決めている。

 是が非でも、生きる時間を、生き抜くよ。 

 そして戦うよ。

 決して負けぬ。負けぬとは、戦う、ということです・・・(中略)・・・

 決して、勝てないのです。人間は決して、勝ちません。

 ただ、負けないのだ。」

 

  坂口安吾『不良少年とキリスト』より

 

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ささえる ことば <65> 「何事もいたし方なし。静かなる力を我に授けしたまへ」  斎藤茂吉

「何事もいたし方なし。静かなる力を我に授けしたまへ」
歌人斎藤茂吉さんの言葉です。斎藤さんといえば、精神科医の故・斎藤茂太のお父様です。

 

森田療法じゃないですが、絶対受容、あるいは「あるがまま」を受け入れる、というのはとてつもない「静かなる力」が必要だと思います。

言わば「悟り」に近い!?

 

いやいやそんなに大げさにとらえなくても、「とらわれをなくす」という程度に理解すれよいでしょうね。

 

アルコール依存治療の場面などでよく唱えられる「ニーバーの祈り」これも同じような境地を目指しているのかもしれません。

 

神よ 変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ

                  (翻訳者:大木英夫)

 

静かなる力と揺らぎない賢さを我に与えたまえ!

 

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ささえる ことば <64>  「希望が無くなったからといって、なにも絶望する必要はない」

<ただ、淡々と歩き続けること>
<ただ、淡々と歩き続けること>

うむ、うむ、いい言葉ですね、この言葉。

「希望が無くなったからと言って、なにも絶望する必要はない」

 

もっともだ。

「希望」と「絶望」は裏返しではないということですね。

オセロのように、「希望」が反転したら「絶望」に変わるわけではないんだ。

 

大体「希望」も「絶望」も人が勝手に作り出す物語にすぎません。

何とかなるんじゃないか、っていう希望も

もうどうにもならないだろうという絶望も、勝手に人が作り出す物語。

 

なんとかなるかならないか、それはやってみなければわからない。

やってみてわからなければ、やり続けるしかない。

 

勝手な思い込みと勝手な判断は、「人生を早とちりさせる」もとなのでしょうね。

 

淡々と、粘り強く、あきらめないこと。

 

 

 

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ささえる ことば <62> 「我々にはアイデンティティがある」 ザッケローニ監督

こういうことばをこんなところで耳にするとは思ってもみませんでした。


 「我々には、我々のアイデンティティがあり、それを貫き通さないといけない」

 

もちろん、ウルグアイに負けた配線の将、ザッケローニ監督の試合後の言葉です。

 

ウルグアイ戦後には、大量失点を喫したことから記者による守備に関わる質問が相次いだらしいのですが、ザッケローニ監督は守備的な戦術に舵を切ることは明確に否定してこういわれたのです。

「我々には、我々のアイデンティティがあり、それを貫き通さないといけない」

 

なるほど。

こういう時に使うのだ、アイデンティティという言葉は。

 

我々心理のものがこの言葉を使う時、どうしても思春期の発達テーマなんて簡単に言いますが、それだけではないのですよね。

大人になってもピンチを迎え、自分に対する自信が揺らぎそうになった時、

「私には私のアイデンティティがある。それを貫き通さなければいけない」と言えるでしょうか?

 

なかなか言えませんよ、この言葉。

いや、むしろそう言えなければ西洋人の間では「なんと情けない奴!」と思われてしまうのかも。

 

イギリスにしてもフランスにしてもヨーロッパの国々には固有の歴史があり、隣国との戦いを通じて、「絶対に譲れないものがある」という感覚を持って居るような気がします。サッカーに関してだけでなく、日本には日本人の、また私には私の譲れないプライドみたいなものを持つことは、これから必要になってくるでしょうね。

 

ただし、自分だけが世界の中心であるというような偏狭な自己中心的なアイデンティティではなく、他者のアイデンティティも認めながら、交渉とより良い関係を目指した交流ができるコミュニケーション能力が大切になってくるのではないでしょうか。

 

さて、これから日本のサッカーチームはどういうアイデンティティを築き上げていくのか?ちょっと批判されてすぐ揺らぐようなものはアイデンティティとしては弱すぎるかも!?

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ささえる ことば <61> 「希望とは、物事がそうであるから持つものではなく、物事がそうであるにも関わらず、持つ精神なのです」

「希望とは、物事がそうであるからもつものではなく、物事がそうであるにも関わらずもつ精神なのです」

「モモ」で有名な作家ミハイル・エンデの言葉です。

 

希望が持てる状況で持つものは「打算」であるかもしれません。

全く先行きが見えない、絶望の時で「あるにも関わらず」、持つ精神こそが「希望」である、とエンデは言ってくれているのでしょう。

 

つまりは自分で作り出すもの。

誰かが与えてくれるのを待っていても「希望」は生まれてきません。

 

「希望」を生み出す力、これが「生きる力」なのかも。

 

 

 

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ささえる ことば <60> 「決して勝たないけれど、戦い続けていれば、負けないのです」

「・・そして戦うよ。決して、負けぬ。負けぬとは、戦う、ということです・・・・
・・・・決して勝てないのです。人間は、決して、勝ちません。ただ。負けないのだ」

 

坂口安吾の言葉だそうです。

 

 

 

たくさんの方が有名な言葉を残しています。

言い方はそれぞれ違うけれど、言いたいことはただ一つ。

 

「決してあきらめないこと」

 

坂口安吾はそのことを「戦い続ければ、負けないのです」という表現で表しました。

確かにそうだ。

戦いをやめなければ、負けることにはならない。

 

問題は、戦い続ける根性が自分にあるかどうか。

戦い続ける覚悟が自分の中に生まれているかどうか。

 

そして戦い続ける希望を捨てずにいられるかどうか。

 

あなたは?

そして、私は?

 

 

 

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ささえる ことば <59> 「悪い時が過ぎれば、良い時は必ず来る。おしなべて、事をなす人は、必ず時の来るのを待つ」

「悪い時が過ぎれば、良い時は必ず来る。おしなべて、事をなす人は、必ず時の来るのを待つ。焦らずあわてず、静かに時の来るのを待つ。時を待つ心は、春を待つ桜の姿と言えよう。」

 

パナソニックの創業者松下幸之助さんのことばです。

 

確かに人生には「時」というものがあります。

早く花が咲いてほしいからと言って、蕾を剥いたところで花は出てきません。

 

「年ごとに咲くや 吉野の山桜 木を割りてみよ、花の在りかを」

「桜木を 砕いて見れば 花もなし 花をば春の空ぞ持ち来る」

 

確か一休和尚の歌ではなかったかと思うのですが、どちらの歌の意味も自然には「時」がある、早く咲かないかと思って木を砕いてみたところですべてを台無しにするだけだ、「時」が来るのを待つのが自然の道理なのだ、ということでしょう。

 

人間も同じ。

自然の一部であるからには、「時」が至るのを「待つ」ということが大切なのではないでしょうか。

「焦らず・慌てず・あきらめず」この言葉をかみしめたいものです。

 

 

 

 

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ささえる ことば <58> 「私はあなたの期待に応えるために、この世にいるのではない」

「私は私のことをして、あなたはあなたのことをする。

    私はあなたの期待に応えるために、この世にいるのではない

       あなたも、私の期待に応えるために、この世にいるのではない」

 

ゲシュタルト心理学の中心、フレデリック・パールズさんの「ゲシュタルトの祈り」という詩の一節です。

 

私は私、誰かのためにここにいるのでも、誰かの期待に添うために生きているのじゃないんだ。

親の期待に応えるために、周りに気を使い、本当の自分らしさを見失ってはいけない、そういうことを訴えているのですが、そういう言葉が出るくらい現実の世の中では自分を何かや誰かのために犠牲にして苦しんでいる人が多いということなのでしょう。

 

個人主義の国と言われるアメリカでさえ、そうなのですから、日本人なんて推して知るべし。

 

自分を幸福にできるのは自分だけであり、自分を不幸にしているのもそういう生き方を選んでいる自分自身なんだ。

自分が自分の人生の主人公になること、これを「自己実現」なんて言います。

 

ただし自己実現なんてそう簡単にできることではありません。だからこそみんな「自己実現」を目標にするのです。ある意味、努力目標、というところかもしれません。

これができたら自己実現完成!なんてことはあり得ませんよね。

 

結局人は死ぬまで、自分らしく生きることを求め続けていくのでしょう。

今日も、そして明日も。

それが生きるということなのかも。

 

 

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ささえる ことば <57>  「心は天気のようなものである。・・・・・」 

「心は天気のようなものである。

晴れの日もあれば、雨の日もある。曇りの日もあるのが自然である。

もし毎日が、晴れの日ばかりであればどうなるだろうか。

日照りになって農作物は枯れてしまうだろう。

人の心も同じことだ」

 

森田療法の創始者、森田正馬の言葉です。

 

今日の天気は、曇っていたかと思うと急に雨が降り出し、そうかと思うとしばらくすると雨は止みました。なんとも不安的な空模様でしたね。

 

晴れの日ばかりでは農作物は育ちません。

雨の日ばかりでは、いつか洪水になってしまうかも。

曇りの日ばかりでは、気分までどんよりとしてしまいます。

 

こころも同じかも。

時に応じた心模様が、私たちの日常生活をバランスよく潤してくれているのかもしれません。

 

ですが、心模様も時には異常気象のように荒れ狂う時もあります。

そういう時のために普段からの備えが大切。

安心できる避難場所を確保して、異常気象の前兆があれば素早く対応しましょう。

逃げ遅れて、立ち往生してしまわないようにね。

 

それは経験がもたらす知恵であるとともに、移り変わる心模様や空模様を自分でコントロールする技術でもあるのだろうと思っています。

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ささえる ことば <56> 「相手が言わなかったことにこそ、耳を傾けよ」

「相手の本音は、自分に打ち明けたところにではなく、打ち明けられなかったところにある。だから、もし相手を理解しようと思うのなら、相手が言ったことにではなく、言わなかったことに耳を傾けなさい」

ハリル・ジブランというアメリカの作家の言葉だそうです。

 

う~む、一本取られましたね。

 

言葉で言える内容は、相手に知られても構わない内容。

そう簡単に人に知られたくない内容は、そう簡単に言葉にできるものではありません。

意識的にも、無意識的にも。 

 

しかし実はそれこそが一番のポイント。

 

相手の言葉ばかりに気を取られていてはいけませんね。

 

声にならない声をこそ聞くべし。

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ささえる ことば <55> 「自分のじゃまをするやつとは、たいてい自分なのだ」

「何かをやりたいと強く思う。

 しかしその自分のやりたいことをじゃますることにも、

 誰よりも熱心なのが 自分なのだ。

 たいていのぼくらは、アクセルを踏み込みながらブレーキも踏んでいる。」

 

コピーライターの糸井重里さんのことばです。

 

私も本当にそう思います。

やりたいのだけれど、やれない。

やりたい自分も自分だけど、

やれないとあきらめているのも自分。

 

さて、ではどうすればいいか?

まずはアクセルもブレーキも踏み込む全身の力を抜くことかもしれませんね。

 

初心者ドライバーは、緊張が強すぎて周りも見えないし、

それだけで疲れ果ててしまいます。

全身の力をほっと抜いてみること。

 

なぁ~んて、わかったようなことを言いながら

自分もかつては人生の初心者ドライバーであったことを忘れてしまっていました。

 

「大丈夫、心配いらないよ。

 助手席に座っていてあげよう。」

 

こんな風に口に出してこそ言わなかったけれど、

下手くそな運転に付き合って助手席に座ってくれていた、

自動車教習所の先生のありがたみがわかったような気がします。

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ささえる ことば <54>  サッカー日本代表に贈る言葉 

 

 

 

ささえる ことば <53> サッカー日本代表に贈ることば

 

 

 

「きみはこれまで

 何度も失敗してきた。

 おぼえてはいないかもしれないが

 はじめて

 歩こうとしたとき

 きみは転んでしまった。

 はじめて泳ごうとしたとき

 きみは溺れそうになってしまった。

 そうだったろう?」

 

ユナイテッド・テクノロジー社のウォールストリート・ジャーナルに掲載した企業広告より

 

 

714本のホームランを打った、あのベーブルースだって1330個の三振をしているのだ。

 

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ささえる ことば <53> 「明日がまだ何ひとつ失敗をしていない新しい日だと思うとうれしくない?」

アン「マリラ、明日がまだ何ひとつ失敗をしていない新しい日だと思うとうれしくない?」

マリラ「あんたのことだもの、またたくさんの失敗をするにきまっているよ。あんたみたいにまちがいばかりする人は、みたことがないよ、アン」

アン「ええ、それはよくわかっているの。でもひとつあたしにいいことがあるのがわかりませんか、マリラ?おなじまちがいを二度とくりかえさないことよ」

マリラ「いつも新しいのをしてるんじゃ、それはなんのたしにもならないよ」

アン「あら、わからない、マリラ?一人の人間がするまちがいには限りがあるにちがいないわ。だからいくらあたしだって、し尽してしまえばそれでおしまいよ。そう思うと気が楽になるわ」

 

 

赤毛のアンとマリラおばさんの会話です。

 

今日はちょっと失敗をして気持ちが落ち込んでいたんだけれど、この「赤毛のアン」を読んでだいぶ気持ちが持ち直してきました。

 

そうか、一人の人間がするまちがいの数には限りがあるのか。

私はこれまでだいぶ間違いをやりつくしてきたから、あと少しだな。

それに明日はまだ、何も失敗をしていない新しい一日だ!

元気を出して寝るとしましょう!

落ち込んだ今日が早く終わって、明日が早く来ないかな!!

 

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ささえる ことば <52> 「心配、葛藤、過去の傷などは脇に置いて、日常生活を送ること」

「心配、葛藤、過去の傷などは脇に置いて、日常生活を送ること」

日本の精神分析家 北山修先生の言葉です。

 

カウンセリングをしたり、されたりしていると、時々思うのですが、心配事や葛藤の種や過去の傷について取り上げていく時間が続くと、どうにも話が痩せてくるというか、時間がギスギスと流れ始めてきてしまいます。

 

確かに原因や理由を解決することも必要ですが、何より大きな目標は毎日の日常生活を普通に送れるようになること。原因や理由を考え始めたために、反って日常生活が息苦しくなっていくようでは本末転倒かもしれませんね。

 

かといって、現実逃避しろと言っているわけでも問題をすり替えろと言っているわけではなく、クライエントやカウンセラーの陥りがちな「問題だけしか見えなくなる」傾向について言っているのです。

 

最終的な目標は、日々を淡々と落ち着いて送れるようになること、なのでしょうね。

そのためには、あまり内面ばかり見続けないで、時には気分を切り替える技術を身につけましょう。

 

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ささえる ことば  <51> 「掃除人になる運命にあるのなら ミケランジェロが絵を描くように・・・・」  

昨日に引き続き 「ささえる ことば」

 

今日の言葉はこれ

 

「掃除人になる運命にあるのなら

 ミケランジェロが絵を描くように

 ベートーベンが音楽を奏でるように

 シュイクスピアが詩を書くように

 街路を掃除しなければならない」

 

      by マーティン・ルーサー・キング

 

 

素晴らしい言葉ですね。

黒人に生まれることや白人に生まれることが運命であったとしても

それとは関係なく、私たちにはそれぞれの自分の持つ人生の意味を果たすように

生を燃やし尽くす使命があるのです。

 

それは、自らの不遇を運命や周囲のせいにせず、

私たち各々が、それぞれの誇りを持って人生を全うする使命と言ってもいいかもしれません。

 

言い換えると「自己実現」ということなのでしょう。

 

勿論私たちは、ミケランジェロでもベートーベンでもシェイクスピアでもありません。が、彼ら自身、ただ自分を全うした人生を送っただけで、評価されたり有名になったのは、あくまでも結果だと思います。

 

あなたは、そして私は、人生をかけて自分自身を満足と納得のいく作品に仕上げる使命があるのです。

 

逃げてはいけませんね。

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ささえる ことば  <50>   「天才は数」

「天才は数」

数学の天才ということではありません。

ある心理学者のことばだそうですが、天才といえども数をこなさなければ才能は開花しない、ということだそうです。

 

たとえば、かのピカソは画家として活動した75年間の間に14万8000点の作品を描いたといいます。ちなみに75年間×365=27375。つまり毎日1枚作品を書いたとしても2万7千枚。ということは平均1日5枚以上の作品を書いたということになるらしいです。

 

漫画家の手塚治虫さんは障害に15万枚の漫画を描いたとか。

 

もちろん生れついた才能があったとはいえ、なによりその才能磨き続ける根気と情熱がその才能を花咲かせるのでしょうね。

 

とにかくあきらめずに続けること。

継続は力というのは本当です。

天才というのは、情熱を持ち続ける「才能」の持ち主のことを言うのでしょう。

 

ちょっとやってみてすぐ挫折するようでは、せっかくの力が花咲かずに埋もれたままになってしまうかも。

 

あきらめないこと。それが大切。

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ささえる ことば <49> 「春の虫踏むなせっかく生きてきた」

「春の虫踏むなせっかく生きてきた」

これはランドセル俳人 小林凛くんの一句です。

なんと8歳の時の俳句。

 

私の家のせまい庭に、これまで数年にわたって小さな花を咲き続けてきた花壇があります。白い花で小さな花がびっしり。

 

春はもちろん夏も秋も冬も花が絶えることがありません。

 

ところがいつもこの時期になると、虫が発生してその花が食べられてしまいます。

黒い虫とそれからダンゴムシ。

 

よ~く見るとびっしりと花についているのです。以前はこの虫を退治しようと、目を凝らして取り除いていたものですが、今年はなんとなくそのままにしとこうと思っています。

 

何故か?

 

それは、これはこれで自然の一部の営みではないのか、と思ったからです。確かにたくさん咲いていた小さな白い花はかなりの程度姿を消しました。

 

でもどうなんでしょう、花が命なら虫も命。

確かに見た目は虫食いの花壇になりましたが、今年はこのままにしておいて、自然の再生力に賭けてみようかと思っています。再び花が咲き誇る日が来るでしょうか?

 

そう思っていたところに、この度「ランドセル俳人の5・7・5」という本を読みました。いじめにあい不登校を続けながらも、天才的な俳句を読み続ける11歳の少年・小林凛くん。冒頭の句は彼の8歳の時の句だというのですから驚きです。

 

最後にその本の表紙に載せられた一句も紹介します。

 

「いじめられ行きたし行けぬ春の雨」

 

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ささえる ことば  <48> バスケット・田伏選手の言った言葉 

<田伏選手>
<田伏選手>

以前からどうしてもこの言葉を取り上げたかった。

バスケット選手・田伏勇太さんのことばです。

 

彼は身長173センチと小柄ながら、2003~2008年まで、日本初のNBA選手としてアメリカで活躍した選手です。

 

秋田県立能代工業高校出身。

 

 

 

 

 

 

 

<バスケット・田伏選手の言った言葉>

 

何回も能代弁で叱られ  何回も英語でも怒鳴られ

そのうち何回かは理解できなかったけど

何回も小さいから無理だと言われ  何回も大男が落ちてきて怪我をし

何日も眠れない夜を過ごし  何回も人の言う事に耳をふさぎ

何回も逃げ出そうと思った

けれど

何万回もパスをし  何万キロもドリブルして

何万回も相手をフェイクし  何万回も速攻を出し

何万本もシュートを打って  何十足もバッシュを履きつぶし

僕はアメリカのコートに立った

でも、僕の旅は終わりじゃない

これは始まり。

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ささえる ことば <47> 「どうにも乗り越えがたい障害にぶつかった時、頑固さほど役に立たないものはないわ」

「どうにも乗り越えがたい障害にぶつかった時、頑固さほど役に立たないものはないわ」

 

作家で哲学者のボーヴォワールの言葉です。

確かに、乗り越えがたい壁にぶつかると言うことは、これまでの生き方や考え方を変えなければ行けない、と言うことを教えてくれているわけですよね。

 

このままの調子でまっすぐ行っても乗り越えられないよ、と。

 

それでも何とか乗り越えようと頑張れば頑張るほど、エンジンは過熱してオーバーヒートしてしまうかもしれません。

頑固さと言うものは、一見自分と言うものをしっかり持っているように見えて、自分を否定できない弱さの表れなのかも知れませんね。

 

ところが実際に自分の問題となった時、一生懸命頑張ってきた自分の生きざまを振り返って、場合によっては否定しなければならないなんて、酷なことです。

 

ところがカウンセリングと言うものは、その営みに結びつくこともしばしば。

 

だから相当な覚悟を決めないと続かない。

 

その代り、柔軟性というたくましさと、今までとは違う人生の別の景色を観ることがでできる、という可能性を秘めています。

 

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ささえる ことば <46> 「『よし、朝だ!』というのも『あ~ぁ、朝か』というのも、あなたの考え方次第だ

<次は、夏が待ってるゼ!>
<次は、夏が待ってるゼ!>

<「よし、朝だ!」というのも「あ~ぁ、朝か」というのも、あなたの考え方次第だ>

ということばは心理学者のウェイン・ダィナー先生のお言葉。

 

そや、まぁ、そうなんですけど、GW明けのこちとらにとってみれば、なかなか考え方一つでやる気が出てこないのも事実。また同じ毎日が始まるのか、と思うのも無理はありません。

 

心理学者というのは、どうしてこんな当たり前のことをもったいぶって言うのでしょうね。困ったもんだ。

 

それはともあれ、この間TV番組で、このGW明けをどう乗り切るか、というアンケートを紹介していました。その一つに「夏休みに何をしようか、と考える」というのがありました。そうです、そうです、その方法がありました。

 

夏休み何をしようかなぁ。海外旅行も良いし、友達さそってキャンプなんてのも楽しそう。

 

8月の休みにむけて、みなさん、仕方がないから働きましょう!

もう少しの我慢です!!

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ささえる ことば <45> 「元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功について考えるのです」

「元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功について考えるのです」

 

このことば、ヘレン・ケラーさんの言葉です。

視力・聴力・言葉を持てずに生まれたヘレンさん。

家庭教師のサリバン先生の指導の下、言葉を獲得したのです。

 

彼女の言葉は、この言葉に限らず、前向きで私を元気づけてくれます。

 

ネガティブな思考からは生まれるのは不安と焦燥だけですね。

希望は常にポジティブな思考から生まれてくるものでしょう。

 

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ささえる ことば <44> 「人の一生は、重荷を背負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」

ご存じ、徳川家康の名言です。

この言葉は本当に胸にしみわたる気がしますね。

 

人生を急ぐべからず。

スタートダッシュをしすぎると、必ず息切れがきます。

 

マラソンを経験された方ならわかるでしょう。

最初元気に任せてスピードをだしてみても、長い距離からすればほんの一部。

 

結局途中でバテたり、足がつったりして動けなくなります。

そしてスタート時に追い抜いた人たちに、今度は追い抜かれてしまう。

 

人生は短距離ではありません。

長距離だということを肝に銘じて、コツコツと歩き続けることが大切なのでしょうね。

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ささえる ことば <43> 「やればやるほど、できるようになるものです」

「やればやるほど、できるようになるものです」って?

何を甘いこと言ってんだ、人間限界というものがあるんだ。

実際私なんか、何をやってもうまくいかないし、ダメな人間だもの。

 

と、思う人も居るでしょうが、この言葉を言った人は、何を隠そう

クリストファー・リーブスさん。

おぼえていますか?

昔映画「スーパーマン」のheroを演じ喝采を浴びながら。、ある日乗馬の事故で脊髄損傷により首から下がマヒしてしまった俳優さんです。

 

彼がつぶやいた言葉だと聞けば、ちょっと襟を正したくなる言葉ですね。

 

彼は「ヒーローとは何か?」と聞かれたとき

スーパーマンの映画撮影中は「先のことを考えずに勇気ある行動をとる人のこと」と答えていたのですが、脊髄を損傷した後は

「どんな障害にあっても努力を惜しまず、耐え抜く強さを身につけていったごく普通の人」と答えているということです。

 

障害を乗り越えようと不断の努力をする普通の人。

これは誰にでも当てはまる理想のヒーローのあり方ではないでしょうか?

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ささえることば<42> 「北風や言うても、しょせん南の逆の風や」 『大阪人の格言より』

関西人、特に大坂人のimageと言うのは、なんというかま~るくおさめて片づけてしまう、というようなところがありますね。

 

あくまでもイメージですが、東京人のようにシャキシャキっとテンポよくメリハリがあるわけではなく

 

「まぁ、そういうこともあるわな。ま、ぼちぼちいこか」的な、なにも解決になっていないけど、なんとなくおさめてしまうような感じ。

 

この言葉もそうですね。

「北風や言うても、しょせん南の逆の風や」???

そりゃそうですが、そういわれればなんとなく気が楽になったりして。

 

他にはこういう言葉も・・・

 

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ささえる ことば <41>  「馬は走る 花は咲く 人は書く 自分自身になりたいが為に」 夏目漱石

事務所へ向かう道すがら、満開に咲いている桜。

木によっては、もう葉桜になりつつあるのもあります。

 

私たち桜の花を見て春の訪れを知り、こころがうきうきしてきて、なんだかエネルギーをもらったような気になりますが、それもそのはず、桜の木にしてみればそれまでの1年間、花を咲かすために溜めに溜めてきたエネルギーを一気に爆発させたようなひと時なのでしょう。

 

あまりのエネルギーのすごさに、桜の花を見るとしんどくなる人もいるでしょうね。

そのぐらい生命力と言うのは存在感を感じさせてくれるものなのです。

 

ところが桜にしてみれば、花を咲かすのは何も意識したわけではありません。

ただ、花を咲かせて新しい生命を生み出す営みはごく自然のことなのです。

 

馬が走るのも同様。

それが馬というものであり、桜と言うものなのだから。

 

では人間はどうだろう?

私は何をするために生まれてきたのか?

何をすることが私にとっての「自然の営み」なのだろう?

 

難しい言葉で言えば「自己実現」ということになるかもしれませんが、

自分が自分であるためには、自分はどう生きればよいのだろうか?

 

難しく考えればきりがありませんが、夏目漱石は「文を書く」ことを通して自分自身に慣れたとのことです。

 

さて、私は?

あなたは?

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ささえる ことば <40> 「レントゲンだってね、ニッコリ笑って写した方がいいの。だって明るく撮れるもの、そのほうが」

おぃおぃ、ホントか!? レントゲン撮るときは笑って撮ったほうが良いの???

まさか、そんなわけないでしょうが、でもこう言われるとなんとなく元気が出てくるから不思議。

 

このセリフは、何を隠そう、「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」での寅さんのセリフ。

 

そう言われてみりゃ、やぁ、味わいがありますね。

 

「幸せだから歌うのではなく、歌うから幸せなのだ」と言ったのはアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームスですが、確かに鏡の前で無理やりにでも笑顔を作ればなんとなく良い気分になってくるもんです。

 

「笑う門には福来る」

人生の機微をとらえた名言です、さすが寅さん!

 

 

 

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ささえる ことば <39>「心の中に下りていくことで、自分を高みに上げられる」

「心の中に下りていくことで、自分を高みにあげられる」 

精神科医の斎藤茂太さんのことばです。

 

斎藤さんはご自身が躁うつ病に苦しまれて、いろいろな思いを言葉にされています。

その中の一つですが、確かに心の中へ深く降りていくということは、それだけいろいろなことを考えて自分の内面が広がっていくということでもありますね。

 

それを「高み」と表現されたわけですが、高いところから見る視野の広さは、心の広さに比例するものかも知れません。

 

今苦しまれている体験は、いつか身近な人の苦しみに対して共感と思いやりをもたらしてくれることでしょう。

海援隊の歌「贈る言葉」に

「人は悲しみが多いほど 人には優しくできるのだから」という歌詞がありましたが、確かにそうでしょうね。

 

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ささえる ことば <37> 「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

<笑ったもん勝ち!>
<笑ったもん勝ち!>

「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」

チャップリンの有名な一言です。

 

クローズアップ・ロングショットというのは映画の撮影の技法ですが、いろいろな問題に頭悩ませているときは、本当に行き詰ってしまうような日々が続きますが、しかしグ~ンと視野を広げてみると、なんだか小さいことにくよくよしている自分に、思わず苦笑してしまうことってありますね。

 

私は時々家の近くの海岸に出かけます。

そこからは瀬戸内海が一望でき、目の前には広い海原が。

それを見ていると、

「この広い宇宙の中の、大きな地球という星に、何億という人間が住んでいて、その中のたった一人の自分が悩んでいることなんて、なんとちっぽけなことなんだろう」って思うことがたびたびあります。

 

自分が、あれこれ思い悩んだところで、世界の在り様には何にも変わりがないんですよね。

 

 

 

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ささえる ことば <36> 「人生はドンマイだ」

人生はドンマイだ!
人生はドンマイだ!

「少年時代に野球を覚えた時、『ドンマイ』という言葉を覚えた。人生は『ドンマイ』だ。」

というの言葉の主は、昔西武ライオンズの名監督だった森祇晶さん。

森監督と言っても若い方はご存じなかろう。

 

もともとは巨人のV9(読売ジャイアンツが9年連続日本シリーズ優勝した)の時のキャッチャーで、引退後いくつかのコーチ監督をととめた後、西武ライオンズの監督に。西武監督時代は在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた方です。

 

その人でさえ、「ドンマイ(don`t mind=気にするな)」を人生のモットーにしているのですから、それから考えれば体罰をふるう部活の監督さんなんて、全く未熟なもんです。

 

ミスを気にしていては、大きなことは出来ませんよ。

人生は「ドンマイ」だ!

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ささえる ことば <36> 「こころは解き明かすものでなく、応援するものだ」

「こころは解き明かすものでなく 応援するものだ」

 

米国臨床心理学の父と言われるライトナー・ウィトマーさんのことばだそうです。

 

う、ちょっと耳が痛いですね。臨床心理学・カウンセリングなんかをやっていると、さもわかったように人のこころを分析したりしがちですが、違いますよね。目的は相談に来られた方が自分の力で生きていくことができるように応援することでしょう。

理論や解釈が先にあるのではなく、まずは目の前で生きている人の力になること。

そう思いつつ、しかしただがんばれ、がんばれではどうしようもありません。

やはり相談者の気持ちを背景を知り、理解することが応援するためには必要になります。

そのために簡単な心理テストや考察をすることは欠かせません。

 

私自身、自戒の言葉としてこころに留めておきたい言葉です。

 

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ささえる ことば <35> 「何とかなると思っていると 何とかなってくる。世の中、何とかなるだろうと考えるのが一番強い」

「何とかなるだろうと思っていると 何とかなってくる。世の中、何とかなるだろうと考えるのが一番強い」 南伸坊

 

イラストレーターの南伸坊さんの言葉だそうです。

「何とかなるだろう」と思えるということは、そこに希望を見いだせる、ということでしょうか。かなり楽観的ながらも希望を見出す能力というのは大切ですね。

 

さらにこの言葉で感じるのは

「何とかなるだろう」という言葉にはたぶん根拠はないのだろうな、ということです。

根拠はなくても希望を見出す。見出すというよりも、希望を捨てない。

「何とかしなくては・・・」と思うとたちまち苦しみになってしまいますが、

「何とかなるだろう」というのはあくまでも他力本願な姿勢です。それぐらいの鷹揚さがなくては生きていて息苦しいですよ。

 

まして「どうせ・・・・だめだろう」となると、これはもう悲観の極み。

これだけは避けたいものですが・・・・。

 

きっと何とかなる、そのうち何とかなる、根拠はないけれど、たぶん何とかなりますよ!

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ささえる ことば <34> 「人間にとって、最も悲しむべきは、病気でも貧乏でもなく・・・・・」  マザーテレサ

<あなたは決してひとりではない>
<あなたは決してひとりではない>

「人間にとって最も悲しむべきことは、病気でも貧乏でもなく、自分はこの世に不要な人間だと思い込むことである。そして、この世の最大の悪は、そのような人々への愛が足りないことである」 

マザーテレサの言葉です。

 

 

 

 

マザーテレサは、若いころインドのカルカッタのスラム街で毎日数十人もの生き倒れる人々を見たそうです。しかし当時そういう人々を救うという運動よりも、「どうせ死んでいくのだから、しかたがない」という考え方のほうが世間に広がっていたことに憤りを感じ、「死を待つ人の家」を作り、路上で孤独に死んでいく多くの人々を迎え、手当てを始めたということです。

 

その時、マザーテレサは死に行く人に

「あなたは望まれてこの世に生まれてきた人なのですよ」と言葉をかけ、力を込めて手を握ると、人々の目に深い感謝のきもちがあふれてきた、といいます。

 

人は人により人となる。

自分を認めてもらえる経験があってこそ、自分を受け入れることができるのでしょう。

決してあなたは一人ではない、という言葉をお互いに掛け合いたいものです。

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ささえる ことば <33> 「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければどこにも光はない」

「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければどこにも光はない」

映画監督の大島渚さんがお亡くなりになりました。

そのことを取り上げた朝日新聞の「天声人語」で、監督を支えてくれた言葉として紹介されていたものです。もともとは、ハンセン病の戦前の歌人、明石海人の歌集の前書きに書かれていた言葉だそうです。大島さんは若い頃にこの言葉を読み、胸に煌々と情熱の灯りをともされたのでしょうね。

 

確かに読むだけで、心の中がもえてくるような言葉です。

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ささえる ことば <32> 「世界には苦しみがあふれているが、苦しみを克服した人も同じくらいたくさんいる」 ヘレン・ケラー

<すれちがいではなく、誰かと出会いたい>
<すれちがいではなく、誰かと出会いたい>

さて、今回のささえることばは、ヘレン・ケラーさんの

「世界には苦しみがあふれているが、苦しみを克服した人も同じくらいたくさんいる」

 

このことばは、ヘレンケラーさんが言ったからこそ、説得力があるのでしょう。

見えない・聞こえない・しゃべれないの3つの障害を持ちながら、その障害を克服した本人のことばだからこそです。

 

もちろん人は一人では生きていけない。ヘレン・ケラーさんもサリバン先生という人にめぐり合えたからこそ、その障害を克服することができたのでしょうね。

 

だから苦しみを克服するために関わった人たちも含めて、多くの人がそこにはいるはず。

そう考えれば、決して人は一人ではありません。

かならずあなたの隣には誰かがいるはず。

 

ただ、問題は隣にいるはずの人と出会うことができるかどうか、ですね。

せっかくそこにいてもすれ違ってしまってはどうしようもありません。

 

出会うための情報発信、出会うための動き出す努力、出会うためのコミュニケーション、何とか隣の人と出会う努力をお互いにして見ませんか。

 

私も微力ながらがんばってみようと思っています。 

 

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ささえる ことば <31> 「『我が道を行くにはどうすればいいのでしょうか?』それは・・・・・」

「『我が道を行くには、どうすればいいのでしょうか?』

   はい。我が道を行くには、この道をまっすぐ行きますと、

           壁にぶち当たりますので

                 その壁を乗り越えて行って下さい」

なるほど、言われてみればいとも簡単なことですね。

そうかぁ、壁を乗り越えればいいんだ・・・。

とは言うものの、それができれば苦労はない、ですよね。

 

でもサラッと言われると、なんだかできそうな気がしてきますから不思議なモンです。

 

さて、この言葉、私の知る限りでは吉本の芸人“ショウショウ”の言葉だと思っていましたが、

今回とり上げるに当って、ショウショウのHPを見ると、この言葉はショウショウの言葉ではなく

“アップダウン”というコンビのネタだということです。

 

ショウショウのネタだと勘違いした視聴者がネットに流したら、あっという間に名言ネタとして広まってしまったそうです。ショウショウ自身が「大切なお知らせ」と言うコーナーで説明していました。

 

言葉自体もなかなか味わい深いけれど、きちんと誤解を説明しようと言う生真面目な態度がなんだか、うれしかったです。

 

 

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ささえる ことば <30> 「人生も長距離型・中距離型・短距離型があるようだ・・・・・・・」

        <あなたは何型?>
        <あなたは何型?>

さて、平成25年もいよいよ始まります。

長い1年のスタートを切った、と言うところですが、これからの1年どんな風に過ごしていけるでしょうか?

 

ささえる ことば<30>で取り上げたのは、残念ながら昨年なくなった藤本義一さんのことば。

ちょっと長くなるので、最初の部分だけを掲げました。

 

実際には

「人生も長距離型・中距離型・短距離型があるようだ。じっくりと、一生を長い目で見て走る長距離型、ここぞと言う時にスパートをかける中距離型、スタートで決まってしまう短距離型」

と言うものです。

 

人生に関して言われているのですが、この1年についても同じでしょう。

1年の計は元旦にあり、などといいますが、正月に立てた目標や誓いを着実に1年間実行し続ける長距離型、頭の片隅においておきながらここぞ!と言う時に力を発揮する長距離型、三日坊主の日記のように最初は意気込んでスタートするんだけど、終わってみればいつもと同じと言う短距離型。

さて、あなたはどのタイプ?

 

私は、そうですね、どちらかと言うと中距離型かな。

やるぞ!というスタートダッシュはあまりかからないのですが、何かの拍子にエンジンがかかると一気にまくし立てて、そのうちさめてしまうというタイプかな。

 

ま、要するに言い換えると中途ハンパタイプなんですがね・・・・・・

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ささえる ことば <29> 「希望がなければ、農夫は畑に種をまかない」

<woman in dawn>カスパル・ダーヴィト フリードリヒ
<woman in dawn>カスパル・ダーヴィト フリードリヒ

さて、今年最後の「ささえる ことば」は、かの宗教改革の中心人物、マルティン・ルターさんのことば。

 

「希望がなければ、農夫は畑に種をまかないだろう」

 

希望を持つことは生きていくうえで大切なことかもしれません。

しかし一方で、村上龍さんの「この国にはなんでもある。だが希望だけがない」と言う言葉に象徴されるように、確かに今の私たちには具体的な明るい希望と言うものがなかなか持てない時代だと言えるでしょうね。

 

唯一山中教授のIPS細胞が明るい希望をもたらしてくれましたが、

それ以外、原発にしても景気にしても外交にしても、何か膠着状態がずっと続いています。

 

そんな中で、やはり一人ひとりが自分の人生の中で、何かしら小さな希望を持てれば少しでも人生を前向きに生きられるかもしれません。

 

今年最後の言葉は、来年に向けて前向きに歩んでいく願いをこめて取り上げました。

今年一年、皆さんつたないブログをお読みいただいて本当にありがとうございました。

来年こそ、もうちょっと中身のある内容に進化させると同時に、4月から開室するオフィス岸井をどうぞよろしくお願いします。

 

希望を胸に

“明るい方へ 明るい方へ”(金子みすず)

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ささえる ことば <28> 「悟りという事は、いかなる場合にも、平気で死ねる事かと思っていたのは間違いで、いかなる場合にも、平気で生きている事であった。」

<お前がうらやましいよ>
<お前がうらやましいよ>

うまいこといいますね、さすが。

って、だれのことだ、って?

 

前回が夏目漱石だったからと言うわけではないですが、

文豪シリーズで今回のことばは「正岡子規」さん。

 

「悟りと言うことはいかなる場合にも平気で死ねることかと思っていたのは間違いで、いかなる場合にも平気で生きていることであった」

 

問題は、この「いかなる場合にも」の「いかなる場合」ですが、どんなことが考えられるかなぁ?

「病気をした場合にも」「貧乏に苦しめられた場合にも」「失恋などのショックに見舞われても」

などなど・・・・?

 

しかし案外大変なのが、普段に生活の人間関係のストレスと言う奴でしょう。

確かに病気や貧乏はいやだけど、毎日毎日続くと言う点では人間関係も同じ。

困った人、迷惑な人、やる気のない人、一人から回りしている人・・・

もっとも自分も他の誰かからすれば困ったちゃんの一人なのかもしれませんが。

 

いずれにしても「平気で生きていく」ことが出来るというのは、よっぽど悟っているか、よっぽど周囲に迷惑をかけているか、どちらかでしょうね。

 

 

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ささえる ことば <26> 「どん底でこそ、笑え」 BY 西原理恵子

   <amazon より>
   <amazon より>

「どん底でこそ 笑え」

 

いや、勇気を与えてくれる言葉ですね。

漫画家・西原理恵子さんのことば。

 

私の無駄な解説は必要ありませんね。

名言の殿堂入り、決定!

 

 

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ささえる ことば <25> 君のこころの庭に辛抱を植えたまえ。その根は苦いが、実は甘い。

「君のこころの庭に辛抱を植えたまえ。その根は苦いが、実は甘い」

 

イギリスの詩人のW・H オーデンという人の言葉だそうです。

いい言葉ですね。世の中うまくいかなくなったとき、イラついて、つい怒りっぽくなりますが

やっぱり辛抱は大事か・・・。

 

でも怒るべき時に怒れないというのも、ね。

 

私もこれからせっせと「辛抱の木」を植えて行きたいと思いますが、それにしてもその木に「甘い実」がなるには、かなりの時間がかかりそう・・・ってなことを思っているようではまだまだなんでしょうね、きっと。

 

 

ところでまったく関係ないかも知れませんが、私はこの言葉を聴いて、年配の方ならご存知、昔のテレビドラマの「細うで繁盛記」のオープニングの言葉、

「銭の花の色は清らかに白い。

   だが、蕾は血がにじんだように赤く、 その香りは汗の匂いがする。」

を思わず思い出してしまいました。

 

何事も我慢が大切、やがて銭の花咲き、実が実る時が来る、ということでしょうか。

 

 

関係ないかな!?

 

 

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ささえる ことば <24> 「鳥は飛び立つとき、向かい風に向かって飛ぶんですよ」by 谷村新司

「鳥は飛び立つとき、向かい風に向かって飛ぶんですよ」

 

この言葉は、あのアリスのリーダー・谷村新司さんの言葉です。

なかなかカッコイイ言葉ですが、谷村さんがこの言葉を贈ったシチュエーションもなかなかです。

 

この言葉を贈った相手は、竹中平蔵さん。

ん?どっかで聞いたような・・・・

 

そうです、以前小泉内閣で経済政策のブレインとして活躍されていた方です。

その竹中さんは元慶応大学教授。その立場を投げ打って、参院選に出馬しようかどうか迷っていた時に贈った言葉だそうです。

 

う~ん、それを聞くとますますかっこいいですが、確かになにかに取り組もうとする時、逆境から吹いてくる向かい風をエネルギーにするぐらいの覚悟がないと飛躍するのは難しいかも。

 

私も心に留めておきたい言葉でした。

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ささえる ことば <23> 「自分から嫌われないために、人から嫌われる」

「人から嫌われないために・・・」ではありません。「自分から嫌われないために」つまり「自分自身を嫌いになってしまうぐらいなら」、あえて人から嫌われることを選ぶ。つまり逆説的な表現ですが、「人に好かれるために自分を偽るのはごめんだ!」ということを言っているのです。

 

爆笑問題の太田光さんのことば。

さもありなん、という感じですが、自立的な生き方を目指すならば、同時に他人からの評価を気にし過ぎない程度の孤独に耐える必要があります。

 

ただし、孤独ではあっても孤立ではいけないでしょうね。

あくまでも人は他人との関係の中でしか生きられないのですから。

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ささえる ことば <22> 「俺、鏡と現実、見ないことにしてるの」

TBSラジオ<山里亮太の不毛な議論>より
TBSラジオ<山里亮太の不毛な議論>より

「俺、鏡と現実、見ないことにしているの」

この言葉、南海キャンディーズのヤマちゃんこと山里亮太さんの言葉です。

 

ヤマちゃんはなんと関西の名門K大学の心理学専攻。

一歩間違えば同業者だったかもしれない・・・。

(誤解されないように。私が吉本の芸人希望だったわけではありませんよ。)

 

いずれにしてもこの開き直りは、小気味よいですね。

こう自分に言い聞かせている、という感じもしますが・・・・。

 

しかしそう言いながら、エステのCMでかっこつけてみたり、ダイエットしてみたり、AKBのイベントでは審判勤めてみたり、なかなか多才な活躍ぶりです。

 

がんばれ、ヤマちゃん!

応援してまっせ!!

 

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ささえる ことば <21> 「お前には無理だって言われたことは、全部やってみたかった」by マドンナ

「史上最も成功した女性アーティスト」と言われるマドンナのことば。

さすが!の一言ですね。

こうでなきゃ、マドンナじゃないかもしれません。

 

反骨精神、天邪鬼、無鉄砲、怖いものなし、そして勇気りんりん。

 

マドンナはダンサーになろうと心に決めたら即行動!

田舎から家族の反対を押し切って長距離バスにのりニューヨークへ出てきて、

まずタクシーをつかまえて

「アタシをこの街の真ん中で降ろしてちょうだい!」と宣言したそうです。

世界はアタシ中心に回っているんだ、いや回してやるんだ!と。

 

すごいですね。

でもこのぐらいの覚悟がなければ今の彼女はないでしょう。

 

くそ!オレだって負けるもんか!!

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ささえる ことば <20> 「傷つきやすい人間ほど、複雑な鎧帷子(よろいかたびら)をみにつけるものだ。そして往々にしてこの鎧帷子が自分の肌を傷つけてしまう」

かの文豪、三島由紀夫のことば。

このことば、私にはビンビン来てしまうのです。

まるで私のことを言っているかのような・・・・・。

 

これ以上加える言葉はないでしょう。

あ~ぁ・・・・

 

・・・ひとつだけ加えるとしたら

「傷つきやすい人間」とは、『繊細な人間』ではないでしょうね。

むしろ自分自身を見つめることに鈍感な人間かもしれません。

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ささえる ことば <19> 「逃げんでええやろ おいかけてけえへんのに 現実は」

「逃げんでええやろ 追いかけてけえへんのに 現実は」

私の愛読書「大阪人の格言」(小杉なんぎん 徳間書房)からのひとこと。

 

あなたは、何かに追いかけられる夢を見たことありませんか?

必死で逃げるのだけれど、一体何が追いかけてくるのかはっきりしない。

いや、わからないからこそ、怖くなって逃げるのでしょう。

 

追いかけられた時、勇気を出して振り向いてみましょう。

一体何が追いかけてくるのか。

自分の不安と向き合う勇気が必要なことを教えてくれている夢なのかもしれませんよ。

 

まして、別に何も追いかけてこないのに

なんとなく怖くなって逃げてしまう。

こういう予期不安に追いかけられると

向き合うべき相手は自分自身なのかもしれませんね。

 

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ささえる ことば <18> やさしさは根性です

タレントにして映画監督、北野武さんのことば。

 

「最後まで押し通せなかったらやさしさではない。途中でくじけるなら悪人になればいい。やさしさは根性です」と続く言葉らしいです。

 

なるほど。

時々人にやさしくすると言うのは、できても

やさしくあり続けるというのは簡単なことではありませんね。

 

愛というのも一緒。

自分の気まぐれで、可愛がられたり疎んじられたりするのは

相手にとって本当に失礼なのかもしれません。

 

しかし本当のやさしさや本当の愛、もっと言えば本当の悪なんてのも

なかなか難しいもの。

 

ある意味「(自分に対する)徹底的な冷徹さ」がなければやさしくはなりきれないのだと思います。

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ささえることば<17>  「振り上げた握りこぶしはグーのまま振り上げておけ相手はパーだ」

短歌の世界のニューウーブ 枡野浩一さんの一句

 

「振り上げた握りこぶしはグーのまま振り上げておけ 相手はパーだ」

 

うまいこと言いますね。

 

 

 

腹が立つ相手に振り上げたこぶしを振りおろさずに

ちょっと、深呼吸をしよう。

 

どうせ相手はパーなんだ。

 

 

グーでは、パーには勝てませんよ。

 

 

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ささえることば <16> 病がいえるとき、「音楽」が聞こえる

私が関心をもつ学者の村瀬学さんの著書「なぜ大人になれないのか」の中の一段落のタイトルからいただきました。

 

私自身が音楽好きで、自分が調子悪くなるとなぜか音楽を聴く気になれない日々が続くことに気がついていたので、この文章を読んだとき「やっぱり!」と我が意を得たり気持ちでしたね。

 

村瀬さん曰く

“「音楽」を聴くというのは、何らかの形での「世界」に向かっての開かれ方なのである。本当にすべての世界から身を閉ざしてしまえば、「音楽」なんて聴こうという気も起こらなくなるのではないか”

 

そうそう、そうなんです。

 

ちなみに、最近の私はしばらく音楽から遠ざかっていましたが、またぼちぼち音楽を聴こうという気持ちになれてきました。

 

別に「  」の中が音楽である必要はないと思います。

「絵」でも「ジョギング」でも「料理」でも、

何でも自分がそれをしていると時間を忘れるようなものであれば。

 

要するに「趣味」が自分を救ってくれるということではないでしょうか。

私の場合はそれが「音楽」だった、ということでしょう。

 

 

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ささえる ことば <15> 花が咲こうと咲くまいと、生きていることが花なんだ

「花が咲こうと咲くまいと、生きていることが花なんだ」

 

かのアントニオ猪木さんのひとことです。

同名の著書からですが、残念ながら私はまだ読んでいません。

 

 

それはともかく、この言葉、下手な解説はない方が良いかもしれませんね。

私はこの言葉を読んで、家の玄関にある梅の木を思い出しました。

 

梅は別名「春告草」とも言いますが、

梅は花が咲ききった時よりも、3分咲きぐらいの時が一番こころをなびかせてくれます。

これから暖かくなって春が来て、

花が咲くのだろう、という思いを持たせてくれるからです。

 

人生も同じかな。

何かをなしとげた時よりも、成し遂げようと夢膨らませたり、努力をしている時が

一番充実しているときかも。

 

やがて咲くかも、ひょっとしたら咲かないかもしれない花を夢見れることこそ幸せなのかも。

 

 

 

 

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ささえる ことば <14> 虹が見たいのなら、雨は我慢しなきゃいけない

「虹が見たいのなら、雨は我慢しなきゃいけない」

アメリカでカントリーミュージックの女王、ドリー・パートンの言葉です。

 

グラミー賞を通算7回も受賞したり、ビジネス界でも大成功を収めているらしいですが、そんな彼女も今に至るまでには、幾度となく土砂降りの雨の中をはだしで歩いた経験があるのでしょうね。

 

 

 

こういう辛苦をなめた大人の言葉も素晴らしいですが、もう一つ素晴らしい子供の言葉も載せておきましょう。

短歌の世界で活躍中の中学生、松田わこさんの一句

 

<すごい虹でてるよ しかも二重だよ 勉強している場合じゃないよ>

 

こういう感性も大好きな私でした。

 

 

 

 

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ささえる ことば <13> 人間の長所は、欠点があることである。

「人間の長所は 欠点があることである」

なるほど。

このことば、ユダヤの格言ということだけしかわからないのですが、

妙に納得してしまいますね。

 

でも、どう理解すればいいのかな?

欠点がある、ということで自分がまだ成長する可能性がある、ということなのか。

 

それとも、欠点がない存在なんておもしろくない。神様みたいな人間がいるわけないし。

つまり、欠点こそ、その人の個性なのかもしれない、という意味なのか。

 

どなたか、この格言の原典と意味を教えてくれませんか?

 

ま、どちらにしてもなんとなく救われるような言葉ですね。

 

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ささえる ことば<12> 「夜明け前が一番暗い」

「夜明け前が一番暗い。」

 

すべての暗闇において、夜明けへと反転する直前こそ、

暗闇の<底>なのである。

 

哀しみや苦しみや葛藤に費やすエネルギーは人をどん底に突き落とそうとする。

その時のエネルギーは容赦なく、またいつ果てるともしれない。

 

しかしこころにはかならず<底>があるものだ、と私は思う。

哀しみや苦しみを生み出すエネルギーがこころの<底>まで至りきった時、

やっと人間の自己治癒力が働き始める。

 

ユングはそういう自己治癒力を「補償作用」と呼んだ。

意識が極端に一面的に偏り、その哀しみや葛藤の否定的なエネルギーが

こころの底まで至りきった時、

常に必ず、前向きなエネルギーの逆流現象が起きるのだ、と。

 

次に続くのは、夜明けの輝きなのだ。

「あともう少しの辛抱だ」などと簡単には言えないが、

しかし、朝の来ない夜はない。 

 

 

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ささえる ことば <11> 「辛い」という字がある。もう少しで「幸せ」になれそうな字である。

9月9日のこのブログで映画「最強のふたり」の感想を書きました。

その中の主人公の一人が、フィリップという首から下の全身マヒとともに生きる大富豪でしたが、

このことば「『辛い』という字がある。もう少しで『幸せ』になれそうな字である」と語った方が、

星野富弘さん。星野さんも、頚椎損傷で手足の自由を奪われた方です。(続く)

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ささえる ことば <10> 「せめて自分ぐらい自分をほめて認めてあげないと自分が救われない。自分の味方になれるのは自分だけ」

これも前回に続いて美輪明宏さんの言葉。

ホントにそうですね、私たちは自分たちをほめなさすぎる。

 

もっと自分や相手をほめましょう。

 

「おまえは、ほんとうに よく やってるよ」

「おまえのやっていることは まちがいない それでいいんだ」

 

せめて自分ぐらいは自分の味方になってあげよう!

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ささえる ことば <9>  落ち込んだときに必要なのは理性、一番いらないのは感情。落ち込んだ時に感情を除いて、「どうしたらよかったのか」方法論だけ考えること。

歌手でも役者でもある美輪明宏さんのことばです。

確かに、何であれショックを受けた時に、まずわいて来るのが後悔とか、罪悪感とか、絶望感などの感情ですね。

 

これが、なかなか手ごわい。

これに絡め取られると、なかなか立ち直れません。下手すると、すべての責任が自分にあるかのような気持ちになって鬱になってしまいます。

しかし・・・・(続く)

 

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ささえる ことば <8>  「なにがあっても。 悲観も、楽観もしない。ただ、絶望はしない。」

「困っている人」、難病女子、大野更紗さんの決意です。

 

彼女は「筋膜炎肪織炎症候群」という日本ではほとんど前例のない難病に24歳という若さでかかってしまいました。著書「困っている人」は、その発症から困難を極めた診断、その後の9ヶ月にわたる「言語を絶するような生存のたたかい」を記録した、彼女の生きる証のような本です。

 

しかし本文はそんな過酷な運命を感じさせないほど、明るくサラッと(実際はその真逆っだたのでしょうが)書かれていて、その最初のタイトルが

「絶望は、しない」

でした。

(続く)

 

 

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ささえる ことば <7> 「反省はしても 後悔はしない」

「反省はしても 後悔はしない」

 

心強い一言です。

失敗した時に、何が悪かったのか、と原因を追究して今後に生かすのが反省。

失敗した時に、あ~しまった!と悔やんで落ち込むだけなのが後悔。

 

失敗すると言うことは、とにもかくにも挑戦したわけだから、その前向きな姿勢は評価していい。

問題は失敗した後、冷静に次へつなげる目を持つ、と言うことでしょうね。

 

私なんかはむしろ

「後悔はしても 反省はしない」ほうがピッタリですが、そんなことではいけませんね。

反省しなければ、同じ失敗ばかり繰り返すことになってしまいます。

前向きな姿勢が大切!

 

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ささえる ことば<6> 「ちりもつもれば ある日爆発」

このことばは、著名な精神科医、中井久夫先生の著書「こんなとき 私はどうしてきたか」の中からいただきました。「精神保健いろは歌留多」と言って、当時小学生だった娘さんと散歩しながら考えたことばの数々が載っています。

 

どれも含蓄があって、取り上げたいのですが、その中からまず一つ。

 

「ちりもつもれば ある日爆発」

 

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ささえる ことば <5> 「なにがきみのしあわせ?なにをしてよろこぶ?こたえられないなんて そんなのはいやだ」」

私は昔からずっと音楽が好きで、LPレコードやCDなどを買っては聴きこんできました。

「聞き込む」なんていうとちょっと面映いけれど、でもLPやCDもあわせて3000枚ほどになれば

それなりにいろいろな分野について詳しくなったりするものです。

 

それなのに、ここしばらく全く音楽を聴いていませんでした。

 

 

昔から、自分でも「音楽を聴く気が起きないときは、あまり調子がよくない」というのは自覚していて、

音楽を聴く気になるかどうか、が自分の気持ちのバロメーターみたいなところがあります。

(つづきはブログから)

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ささえる ことば <4>  「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこからどう立ち上がるかに関心があるのだ」

「あなたが転んでしまったことに関心はない。

   そこからどう立ち上がるかに関心があるのだ」

 

 リンカーンの言葉だそうです。

 

「モデル失格」と言う本を著したモデルの押切モエさんが、大怪我で命さえ危なかった時に

自分を支えてくれた一言だったと書かれていました。

 

今、起きていることを悔やんでみても、どうしようもない。

くよくよと自分を責めたり、周りに怒りをぶつけるために大変なエネルギーを使うのなら

むしろ、これからどうすればいいのか、それを考えることにエネルギーを使いましょう。

 

過ぎたことを悔やんでみても、もうどうしようもありません。

 

 

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ささえる ことば <3> 「直そう、直そうと頑張っても直せないもの。それが個性。」

「直そう、直そうと頑張っても直せないもの。それが個性」

 

オアシスの光浦靖子さんの名言です。

あぁ、自分の性格、いやだなぁ、と何度も何度も思うのだけれど、

そう簡単に変わりません。

 

でもこの言葉に出会って、目からうろこ。

個性といわれたら、良いも悪いもありません。しかたがない。

 

自分を受け入れる、と言うことはこういうことかもしれませんね。

 

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ささえる ことば <2> 「足の速い人がいる、器用に何でもこなす人がいる。力の強い人がいる。声の大きい人がいる。頭のいい人がいる。美しい人がいる。『優劣』でなくて『違い』。わかっていても繰り返し、自分に言い聞かせなくちゃいけないことって、あるよね」

誰しも、なまり色の時を過ごすことがあります。

誰にもわかってもらえず、一人で苦しむことも。

 

そんな時、

「自分に語りかけることば」

「自分をささえることば」がひとつでもあれば、

なんとかやりすごすことができるかも、知れません。

 

今日のことばは

「足の速い人がいる、器用に何でもこなす人がいる。力の強い人がいる。声の大きい人がいる。頭のいい人がいて、美しい人がいる。『優劣』でなくて『違い』。わかっていても繰り返し、自分に言い聞かせなくちゃいけないことって、あるよね」

 

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ささえる ことば <1> 「あなたは悪くない」

このブログも「時どき 静かに」更新を続けています。

そしてこれから少し新しい内容も書いていこうかな、と思い立ちました。

 

それは 「ささえる ことば」

 

誰しも、なまり色の時間を過ごすときがあります。

それが思いもよらないほど続くことや、

こんな思いに苦しんでいることを誰も知らない・・・・と孤独に襲われることも。

 

そんな時、せめて「自分にささやきかけることば」、

たとえひと時でも「自分をささえてくれるかもしれないことば」を探しませんか?

 

その手助けになるかどうかはわかりませんが、私の身の回りからいくつかのことばを取り上げて見ます。

 

その中のひとつでも、あなたの「ささえる ことば」になれば幸いです。

 

第1回目は  「あなたは悪くない」

(ブログへ続く)

 

 

 

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